ここで、liebhabenという言葉についてみてみましょう。
ここでは、「好きになる」という訳を一時的に与えておきます。
ドイツ語原文でこのliebhabenが使われているのは、
1、母親の願い「この子が誰からも好かれますように」という部分、
2、願った後、母親が後悔して言うセリフ、「みんながこの子を好きになっても、この子を母親のように好きになってくれる人はいなくなってしまう」。
3、北欧美女がアウグストゥスに告白するところ。「私は嘘をつけません。あなたが好きです」。彼女は、liebhabenもliebenも両方使っている。
4、アウグストゥスの願い「みんなのことを好きになれますように」という部分
5、名付け親がアウグストゥスに「安心しなさい、お前のお母さんはお前のことをちゃんと好きです」と語り掛ける部分。
これらの部分で、liebhabenが使われている。訳にどのように反映させるべきか。それとも反映させるべきではないのか。悩ましい問題です。
どうしてlieben「愛する」という動詞があるのにも関わらず、意味は同じようなliebhabenという別の言葉をあえて使ったのか。さらに、このliebhabenは、セリフの中だけで使われており、テキスト内では一度も登場しない。常に誰かの口から出た言葉なのです。
この謎をどう解いたらいいのでしょうか。
lieben「愛する」という言葉を避けた理由は一体何なんでしょうか。
人の口からのみ語られるliebhabenには一体どんな意味があるのでしょうか。
テキストの中でliebという形容詞も単独でいくつか出てきます。
優しい、親切な、大事な、愛おしい・・・そんな意味として解釈できます。
愛にまつわる様々な場面での感情や描写として、使うことができるでしょう。
普段、liebという言葉はお礼を言う時によく使います。
Danke,das ist lieb von Ihnen(dir)! ダンケ、ダス・イスト・リープ・フォン・イーネン(親しい間柄ならディア)
なーんて、お礼を言うと、にっこりしてもらえます。
ご親切にどうもありがとう、という感じですね。Dankeに一言、付け足すと感じの良い人を演出できます。
一般的に「愛すべき」「かわいい」「好ましい」「感じの良い」とか・・・軽い感じのlieb。liebhabenは辞書的には「好きである」「好きになる」とかそんな感じですね。
そもそもLiebhaberという名詞は、愛好家・ファンという意味です。
この作品の中で使われる「愛」lieben、Liebeは低い高いが激しい。指輪を引き換えにキスを求めた女の子も「愛」、売春婦の行為も「愛」。一方で、「初恋」とか「運命の愛」「自己犠牲の愛」とかの意味でも使われている。
liebenより、軽い印象のあるliebhabenは、誰が使っているのかと言ったら、
母、北欧美女、アウグストゥス、名付け親のビンスヴァンガー。
このうちのすべての人が、他の大勢とは違い、アウグストゥスを真剣に、真面目に愛していた人たちです。
こう並べて見てしまうと、愛という意味の本家本元Liebeやliebenより、liebhabenの方が大事なところで使われているということが分るのです。
うーん、どうしてなんでしょうか。
ヘッセはliebenの何を嫌って、もしくは何を避けたくてliebhabenを使ったのでしょうか。
ヘッセの中では、liebenは、高い低いの差が激しいもので、「愛」の種類が違う・・・。他の「愛」と区別したかったのでしょうか?
liebhabenは普遍的、常に変わらないもの、という理解があったのだろうか・・・?それにしちゃ、母親の願いは大失敗している。
第六話で、Liebe(名詞)、そしてlieben(動詞)が使われている部分を抜き出しているので、みなさま、自分なりの解釈するのにお役立てくださいね!
私は分かんないので保留にします・・・これ!と判断する決定的なものが見つからないし、そもそもで、こだわる必要があるのかどうか・・・。
今回はたまたま、お仕事いただいたので原文をチェックする機会があった。普通に読んでいたら、別に気が付かないし、気にも留めなかった。
さらに、こんな連続ドラマなどを書こうと思いつかなかったら、特別、考えようとはしなかったでしょう。
作者のヘッセも、人それぞれだって言ってるし、言葉の解釈がそれぞれだということは、翻訳だってその人それぞれの感性な部分も大きいわけだし。原文テキストの読み方もそれぞれなら、翻訳にどの言葉を当てるかもそれぞれ。そしてそれを読む人それぞれでまた変わってくるわけです。そういう、「人それぞれ」の世界を楽しもうじゃありませんか。
翻訳担当の女の子は「しばらく一人で考えてみるね」と言いました。
挿絵担当の女の子は、最後の場面の挿絵を完成するという課題がありました。
二人とも、最後の一手で苦しみました。
次回はとうとう最終話