元ホストをナイフで傷つけた女性客が、不起訴になり、弁護士と共に改めて謝罪とお礼に来ました。元ホストは、警察に「自分にも原因があったから」と女性に有利になる証言をしていたのでした。
女性はすっかり憔悴しており、服装も話し方も、昔のようではありませんでした。
元ホストの方もそれは同じでした。
元ホストは、昔の自分を思い出そうとしました。光る天使の謎がそこにあると感じていたのです。
ホストをしていた時は、女性をお金としか思っていなかった。だけど、自分の演奏には光る天使がいた。今は、お金は自分で働いたバイト代だけ。だけど、光る天使は消失した。
この間に何があったのか、自分で知りたいと思っていたのです。
女性は、あの頃はもっとギラギラして見えた、と言いました。そしてそれと同時に「ここにいないみたいな雰囲気だった」と言いました。「今は、そういうの、無くなっちゃったね」と少し寂しそうな顔をしました。
いつも現実逃避をしていた、ここじゃないどこかを想像してた。周りの人たちのことが大嫌いでした。自分に群がって、お金を落としていく女性たちのことを軽蔑していました。
当時はそういうフラストレーションが、音に乗っていたような気がします。この感覚を再現すれば、もしかしたらうまくいくかも?と希望が見えてきました。
その帰り道、おせんべい屋さんに立ち寄りました。
演奏を聞いてもらうためです。「今日は光る天使を見せてあげられるかもしれない」と意気込んで演奏を始めます。
しかし、ダメでした。二人の女の子は首を振ります。
やっと答えを見つけたと思ったのに、またダメだった。それに苛立ちを感じました。
「光る天使が踊らなくても演奏はよかったよ」と女の子は慰めるように言いました。
「だけど、それまではあったのに。どうしてなくなっちゃったんだろう。どうやったらもう一度できるようになるんだろう」
元ホストは、打つ手なしという顔をして、店を出ていきました。
元ドイツ語講師は、なぜ元ホストがそんなにガッカリしているのか理解できませんでした。なぜなら、演奏自体はすばらしかったからです。
元ホストが帰った後、「聞く側の問題じゃないのか?」と元ドイツ語講師は二人にからかって言いました。
挿絵担当の子も「そういえば、私たち、一度しか光る天使見たことなかったよね。あの時、たまたま偶然だったのかな」言い始めました。
元ホストは、腹が立って仕方ありませんでした。腹立ちまぎれに、路上で演奏を始めました。
すると、やはりまた人だかりができました。
集まって聞いている人たちのことが、大嫌いでした。こんな奴ら、どうせ顔の良しあしでしか人を見てないと思うと、余計に腹が立ちました。
腹を立てながら演奏していると、昔のような気持ちで音が出ていると感じる瞬間がありました。その後は、無心で演奏をしました。もう一度味わえた感覚をじっと感じようとしました。どうすればまたこれが再現できるのか、見極めようと思ったのです。
そうすると、自然と、周りの人のことなど気にならなくなりました。今なら、どんな音も、どんなメロディーも演奏できそうな気がしました。
無心になっていました。だけど、一つだけ心の中にともっている火がありました。
「これが自分だ」ということでした。音と自分を一つにしたいと切実に願っていたのでした。
休みなく演奏し続けてたので、とうとう疲れ切ってしまいました。
演奏を止めると、左手の感覚がなく、びりびりとしびれていました。ここ数日、集中的に演奏をしていたこともあって、腱鞘炎になってしまったのです。
とはいえ、バイトを休むわけにはいかないので、次の日もおせんべい屋さんに出かけました。
だんだんと、コツがわかってきて、最近では一人で任せてもらえることも増えました。
おせんべい屋さんのおじいさんも褒めてくれます。「お前が焼くと、おせんべいが黄金色に光って見える」と言いました。
「おせんべいじゃなくて、演奏でそれができたらいいんだけど」と言うと、おじいさんはいいました。
「演奏でも、おせんべいでも、他の何かでも・・・輝くものがあれば、それでいいではないか?」
魂・・・頭にそれがふっと浮かびました。今まで魂とか心とか、そういうものをあまり意識してこなかったので、新鮮な驚きでした。
つづく