「私は、このメルヒェンをそのまま、この作品がこの瞬間にあなたに語り掛けるように、そのまま、何かの意味を探すのではなく、そのままの絵と音楽に従って、読んでくださればいいと思っています。
だって、それはその中にすでにある、だけど、人によってそれは別の服を着ているからです。もし、私がそれを裸の言葉で語ることができたならば、もちろん、私はもう詩を作ることはしないでしょう」
Hesses Kunstmärchen - Augustus „Ich hoffe, Sie werden auch weiterhin die Märchen einfach so lesen, wie sie im Moment zu Ihnen sprechen, einfach den Bildern und der Musik nach, ohne Suchen nach einem ‘Sinn’. Denn dieser ist wohl darin, aber er nimmt für jeden ein anderes Kleid an, und wenn ich ihn in nackten Worten sagen könnte, würde ich natürlich keine Dichtungen mehr machen.
ヘッセは、「アウグストゥス」について、1919年6月にゲオルグ・ラインハルトという人物にあてて手紙でこう書いているそうです。
ヘッセは、魂に直接語り掛ける。そういう文章を書く作家なのだなと私は思ったのです。だから、読む人によって、また読むタイミングで、どんな感想を抱くかそれぞれでいい。
作者が「それでいい」って言ってくれてるんです。
「それぞれでいい」って言うけど・・・十分、裸ですよ?どの言語に翻訳したところで、魂から発せられた言葉は、直接魂に届く。確実に依頼者様たち、メルヒェンの国の人たちはそれを知っている。この作品を読んだことのある人なら、みんなそれを知っている。そして、ヘッセもそれを知っていたはずです。
読む人のそれぞれの読み方でいい。本質的なところは、勝手にその人の魂に直接語り掛けるだろうから・・・という具合に、絶対的に人間というものに対する確信、または信頼があったのでしょうね。
このことを、読んでくださっている方々に、どうしてもお伝えしたかったのです。確かにそこにあるのに、見えなくなってしまうものを大事にしている人、すべてに。
そこに裸の魂がある、ということ。
連続ドラマの続き(すまん、第一話を想像したら二話、三話と続いてしまって・・・発想が貧困なので、ありがちなベタ展開なのは分かっているのだが、最終回までお付き合いください)
悪徳ホストの存在が、二人にはメルヒェンの中のアウグストゥスそのものに思えた。
愛を信じず、愛を試し、いずれ愛から見放されるだろうということ。
人からちやほやされることに慣れていたので、彼の中で愛は何も響かなくなっていたのです。
彼は美しく、いつもきらびやかな女性たちに囲まれていたのです。そして、いつしか彼の魂は、そんな上っ面の見た目で騙される人たちによって、壊されてしまっていたのでした。
二人は、「アウグストゥス」の物語になぞらえて、この青年を救いたいと思った。あの素敵な音楽を奏でる天使のような彼こそ、彼の本来の姿であり、夜の世界の彼はニセモノだと、二人には思えたのです。
その日も、ホストの青年は、隠れてみすぼらしい格好に変装し、路上で演奏するのでした。それは何かを求め、何かに飢えている悲痛な叫びのようでした・・・。
演奏していた人物とホストの青年が同一人物だと確信している二人。なんとか夜の世界から彼を救いたい、「アウグストゥス」の物語を読んで欲しい・・・と、二人が彼に会いに行った夜、彼は二人の目の前で色恋に狂った女に刺されてしまう!!救急車のサイレンが夜の街に響く・・・。
つづく