依頼人様は私にとってはメルヒェンの国の住人で、私とはかけ離れた世界で、この世を生きてこられたお方。世界観を壊してしまったらどうしよう・・・こんなの「私のアウグストゥスじゃない」って思われたら悲しい・・・私、メルヒェンを裏切りたくないし、メルヒェンから嫌われたくない。私のようなヒキコモリ人間が、この仕事を受けていいのだろうか・・・とちょっと躊躇したんです。
だけど、このメルヒェンのメルヒェンである理由も分からぬどっかの誰かにこのメルヒェンの国からの依頼を取られるのはイヤだったのです・・・誤解しないでいただきたいのですが、依頼者様がメルヒェンの国出身・在住であると気づくのは、私のようなすれっからしにしかできないと言っているだけです・・・。
文芸作品を依頼で日本語にするなんてこと、私、実は未体験。
しかも、ヘッセのメルヒェンはドイツ文学翻訳界の巨匠、高橋健二さんが翻訳をされ出版されており、長く愛され続けているのです。
boみたいな中途半端なやつが手を出していい世界じゃない!!
だけど、今回の依頼は、依頼者様の好きな世界観を絵本にするためである。
つまり、私が自分で解釈・分析して「翻訳」作業をする必要はないわけです。
そのまま素直に訳して、原文にある単語の関係性を明らかにする、というところまででいい、ってことなんですね。
一般的に言われている「翻訳作業」の半分くらいでいい、ということなのです。読みやすいように文体を変えたり、言い回し変えたり、読者対象年齢に合わせて使う言葉や表現方法を変えたりする作業まで私はする必要がないわけです。
年末、私の住んでいる地域でも雪がちらついたんです。
お休みの日、午前中に色々用事を済ませて、お昼過ぎから翻訳に取り掛かります。毛布をかぶって、パソコンの前に座り、片手に電子辞書、もう片方には大きなドイツ語の紙の辞書を置き、コーヒーポットをテーブルに置きます。
数時間集中していると、手がかじかんでくるんです。暖房付けよう・・・って思うけど、体を動かす時間も惜しいのですよ。
「暖房付けたいなー」って思いながら、パソコンの前から離れられないのです。楽しくて、夢中になってしまったんです。
ふと気づいたら、手元が暗い・・・あれ・・・今何時だ?って気づいたら、外はとっぷり日が暮れている。コーヒーはすっかり冷めている。道理で寒いと思った・・・と雪が降る様子を眺めます。
そして「あー、なんかめっちゃおなかすいてるんですけど・・・」って、慌てて簡単におそうめん茹でて、おねぎ切って、温かいおだしの中に卵落として食べるんです。
私、この時間、すっごく幸せだったんですよ。
こんな時間、もうずっと忘れていたなーって、気づいたら涙出そうになるくらい幸せだったんです。
私の魂は満たされていて、だから貧相な夕ご飯でも、惨めな気持ちなんて感じなかったんです。
天使で女神なY様の依頼の時もすごく幸せだった。歴代ナンバーワンくらいの興奮度だった。
ポストカードの解読も、ドイツ語翻訳じゃない部分で夢中になりましたね。文字の神様、降臨したし(笑)
あ、Y様の時なんかヘレン・ケラーが降臨したね!
今回の幸せはそういう感じじゃなかった。現実離れしたメルヒェンの世界だったのです。
ヘッセのメルヒェン、「アウグストゥス」。
恥ずかしながら、私、読んだことなかった。。。
ヘッセの作品、日本では「車輪の下」が有名ですが、国際的に人気があるのは「荒野の狼」みたいですね。キリスト教徒の人の方が共感しやすいのかもしれません。
この「アウグストゥス」は、ヘッセの短編集「メルヒェン」に収録されている作品です。
短編ですし、小難しい文法も使われていないので、割とすーっと読めてしまうんです。一文はずらずらーっと長いんですが、途中で内容がいったん切れるので、そのまますーっと読めてしまうんですね。
これを日本語にしようとすると途端に難しくなる。
これをどう表現していいのか分からない。
この作品のドイツ語は、言語じゃなくて心、魂にストレートに入り込んでくるんです。
だから、夢中になってしまうし、日本語化が難しい。
(そして、読み間違い、勘違いも多くなる・・・)
妄想連続ドラマの続き
二人は、さっそく「アウグストゥス」を自分たちの手で絵本にしようと奔走します。高橋健二氏の翻訳を隅々まで読み、深め、そして自分たちの言葉に落とし込もうとします。
だが、どうしても高橋健二氏の翻訳に引きずられてしまい、思うように自分たちの日本語にならない。
そこで、初心にかえってドイツ語の原文から見てみようということになった。だが、二人ともドイツ語に関しては第二外国語程度の知識しかなかった・・・。モチベーションが下がる二人。
「もう一度、あの時の光る天使が見られたら・・・」と、きっかけとなった路上演奏のみすぼらしい青年を思い出します。
毎日のように、路上演奏の青年を探す二人。
そして、似た青年をまったく別の場所で偶然に見かけます。服装も雰囲気も違いますが、顔立ちや背格好はよく似ている。
後を付けて行くと・・・青年の正体は、なんと悪徳ホストだった!!
きらびやかな世界で、金持ちの女をだまくらかしているのでした。
「路上で演奏をしていたのは、あなたですか?」と二人は聞きますが、青年は否定します。
「そんなわけないだろ!とっとと帰れ、じゃなかったら次は客として・・・大金持って来い」と、せせら笑うのでした。
つづく