パフパフー!!独日翻訳対☆決!
自分で翻訳したものと、グーグル翻訳で翻訳したテキストを比べてみました。
前回に続きaufhebenの話です。
(aufhebenというのはドイツ語で「持ち上げる」「廃止する」「保存する」などの様々な意味を持つ動詞で、ヘーゲルの弁証法用語としても使われます)
テキストは、ウィキペディアの「弁証法的アウフヘーベン」のドイツ版からもらっています。
原文をチェックしたい方はウィキペディアで見てね☆
bo訳
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弁証法的アウフヘーベンは、ヘーゲル哲学の中心概念である。
ある矛盾を克服するプロセス、つまり、肯定的で価値のある要素を保持し、継続させ、否定的な要素は切り落とすということである。
ヘーゲルは、「aufhebenアウフヘーベン」というドイツ語の単語の中に言語の観念的な精神を見ていた。
一つの単語における、対立する意味を統合する状況である。
ヘーゲルは弁証法的アウフヘーベンの3つの局面を以下のように説明している。
1、発展段階(否定・極論)の終了・克服。例えば、法律や政令の廃止
2、その将来的に意味のある部分の維持。(保存・保護)
3、発展の高次レベルでの、この意味ある部分の統合。それによって、新しい機能が獲得される。昇格 レベルアップ。下から何かを持ち上げるという意味で。
ヘーゲルのアウフヘーベンの概念に関連して、フリードリヒ・エンゲルスは、
「否定の否定の法則」を前提とした。
唯物論的視点からみると、この法則に従って、社会でも、自然の中でも進化的発展は似たような展開をする。
かつての質的状態の消失(単純な否定)は、新しい質的状態におけるその「かつての状態」の自己再発見(二重否定)と結びついている。
カール・マルクスにとって、弁証法的アウフヘーベンのコンセプトは、初期の著作から、後期に至るまで、中心的な意味を持っている。
その中で、彼が宣言しているのは、アウフヘーベンの実践による哲学のアウフヘーベン、そしてそのアウフヘーベンによる哲学の実践である。
資本論は、その構成においてヘーゲルのロジックからインスピレーションを受けている。
もしくは、アウフヘーベンの観念からインスピレーションを受けている。
なぜなら、すべての基礎となる現実として、その作業に関連して、「資本論」は、絶対的観念の放棄をアウフヘーベンし実践しているからである。
アウフヘーベンはここではヘーゲルの言う「内容」の「内部での自己運動」ということではなく、「世界の形成」としての人間的な作業のことを強調している。それは、マルクスによるフォイエルバッハについての彼の主張で、初めて言及されている。
だが、弁証法的アウフヘーベンについてのマルクスの詳細な論文は、存在しない。
唯物論的な弁証法とヘーゲル的な弁証法の違いは、ルイ・アルチュセールらが明らかにしようとした。
このテーマについての多くの論文が書かれているが、それはマルクスが詳細にそのメソッドを言及している数少ない部分から発生している。
「ヘーゲルの手で弁証法は神秘化された。ヘーゲルがその一般的な運動形式を最初に全体的、意識的な方法で表現したということを、その神秘化が邪魔しているということではない。そこで、その神秘化はさかさまになっているのだ。
神秘のヴェールの中の、合理性のある核を見出すためには、根本的にそれをひっくり返す必要がある」
アルチュセールは、
状況のマルクス的形式化がまったくの誤解へと導いていること、
そこでマルクス的弁証法は、ただ単に裏返したヘーゲルの弁証法よりはるかに多く誤解へ導く、という見解を示している。
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以下、グーグル翻訳。
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弁証法的停止は、G。W.F。ヘーゲルの哲学の中心的な概念です。
それは矛盾を克服するプロセスを説明します。
それによって、ポジティブで価値のある要素が保存され、継続され、ネガティブな要素が省略されます。
ヘーゲルは、ドイツ語のアウフィグンで、対立する意味を1つの単語にまとめることができる言語の投機的な精神を見ました。
彼は次のように弁証法的停止の3つの瞬間を提示しました:
開発の段階(否定、より狂った)を克服する終了、例えばB.法律の廃止、法令。
未来志向のページ(ストレージ、保存)の保存、
これらの側面をより高いレベルの開発に統合し、それによって新しい機能(標高、標高)を獲得します。 S.v。床から何かを拾います。
フリードリヒ・エンゲルスは、ヘーゲルの廃止の概念に従って、否定の否定の法則を仮定しました。
唯物論の観点から、この法則によれば、社会の進化の発展は自然のそれと同様に進行します。
古い品質の消失(単純否定)は、新しい品質での「再発見」(二重否定)と関連しています。
カール・マルクスにとって、弁証法的廃止の概念は、彼がその実施を通じて哲学の廃止を宣言し、その廃止を通じて哲学の実施を宣言した初期の著作から、後の著作まで中心的な重要性を持っています。
資本は、ヘーゲルの論理に触発されていますが、それは彼の廃止のアイデアによってさえも、それはすべての根拠となる現実としての仕事を参照して絶対的アイデアの疎外を廃止し実現するためです。
廃止はもはやヘーゲルのように「内容」の「内なる自己運動」を意味するのではなく、マルクスがフォイエルバッハに関する論文で最初に策定したように、世界の形成としての人間の仕事の側面を強調している。
しかし、抑圧の弁証法に関するマルクスによる明確な研究はありません。
唯物論的弁証法とヘーゲル弁証法の違いは、とりわけ試みられた。ルイ・アルチュセールが解決する。
この主題に捧げられたさまざまなエッセイは、マルクスが彼の方法について明確に表現している数少ない場所の1つから始まります。
最初に、包括的かつ意識的な方法で運動の一般的な形態を提示しました。それは彼と逆さまです。
神秘的な殻の合理的な核心を発見するには、それを裏返しにする必要があります。逆ヘーゲル弁証法。
アルチュセールは論文を提唱し、
「頭からつま先まで」立っているというマルクス主義の定式化が誤解を招いたこと、
マルクス弁証法は単に逆にされたヘーゲル弁証法以上のものだからです。
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翻訳機の翻訳は、それに対する翻訳がさらに必要になるのですが、この翻訳対決、引き分け・・・いやグーグルさんの勝ちですね。
なぜなら、私自身、内容についての深い理解があるわけではない。
もし、哲学に関して深い知識がある人だったら、グーグル翻訳でも十分理解可能ではないかなと思いますね。
そのうえ、翻訳機はものの数秒で全部訳し終え、私は合間を縫いながら中断しつつですが実質半日かかってます!(→暇か?)
これで裏取りまでしっかりやろうとしたら数日かかるかもしれません!!
aufhebenという言葉自体に、すでに弁証法的アウフヘーベンが説明されている、というのは新しい視点でした。
詳しくは、前回のブログ「アフフヘーベン・aufheben」をお読みください!
あとは・・・
ちょっと、あの、ヘーゲルの弁証法とか、否定の否定とか、マルクスの資本論とか・・・スマン、読んだことない。
アルチュセールに至っては、名前すら聞いたことがナイ。
この先もこの名前を聞く予定はない・・・。ごめんよ(笑)
というわけで、この程度の分量・内容でしたらグーグル翻訳程度で結構大丈夫です。
まったく営業活動になりませんでしたねぇ。何のためにブログやってるんだか分からなくなってきました(笑)