今日は、やろうと思っていたことが、うまく進みませんでした。
机に向かっても、気持ちがどこか落ち着かず、少し手をつけては止まり、また別のことに気を取られてしまう。
そんな時間が、ゆっくりと流れていきました。
「継続すること」が大切だと、頭ではよくわかっています。
それでも、続けられない日があると、どこかで小さな引っかかりを感じます。
やる気が足りないのか、それとも意志が弱いのか。
そんなふうに、自分の内側を静かに問いかけてしまいます。
けれど、今日のような日は、少し違う見方もできる気がしました。
無理に進めようとすると、どこかで流れが重くなる。
それは、前に進む力が弱いというよりも、今は「整える側」に寄っている時間なのだと感じたのです。
東洋の考えでは、物事は常に同じ方向に進むわけではなく、
陰と陽のように、動く時と静まる時を繰り返しながら巡っていきます。
継続とは、ただ止まらずに進み続けることではなく、
止まることも含めて、ひとつの流れとして続いていくものなのかもしれません。
うまく進まない日は、途切れたのではなく、
見えないところで、次に動くための余白が生まれている。
そんなふうに捉えると、少しだけ呼吸がやわらぐ気がします。
もし今、思うように続けられないことがあったとしても、
それは流れの外に出てしまったわけではありません。
ただ、静かな場所にいるだけです。
その静けさの中で、自分のリズムをそっと確かめてみる。
継続は、急がなくても、途切れずに続いていくものです。