ため息混じりの訴え
美咲さんは予約時間ぴったりにオンラインセッションルームに入室してきた。画面越しに見える表情は、疲れと諦めが混ざったような、どこか遠い目をしている。
ダイキ「こんにちは、美咲さん。今日はよろしくお願いします」
美咲「......よろしくお願いします」
美咲さんの声は小さく、どこか力がない。
ダイキ「今日はどんなことでお話ししたいと思われていますか?」
美咲「あの......夫のことなんです。もう、限界かもしれなくて」
そう言って、美咲さんは目を伏せた。
ダイキ「限界、ですか」
美咲「はい。夫が......いつも実家ばかり行くんです。週に2回、多いときは3回。で、私が『もう少し二人の時間を大切にしようよ』って言っても、『親孝行は当たり前だろ』って......」
美咲さんの声が少し震えている。
ダイキ「そうなんですね。週に2〜3回、ご実家に」
美咲「そうなんです。しかも、泊まることもあるんです。『今日は遅くなるから実家に泊まる』って。私、一人で家にいて......なんか、結婚してる意味あるのかなって」
美咲さんの目に涙が浮かんでいる。
どこで歯車が狂ったのか
ダイキ「結婚されてどのくらいですか?」
美咲「7年です。最初の2年くらいは......まあ、気にならなかったんです。週に1回くらいだったし、『親孝行な人なんだな』って思ってたんですけど」
ダイキ「最初の2年は気にならなかった。でも、変わっていったんですね」
美咲「そうなんです。3年目くらいから、だんだん回数が増えて......義母さんから『○○(夫)がいないと困る』みたいな電話がかかってくるようになって」
美咲さんは少し苦しそうに息を吸い込んだ。
美咲「私、最初は我慢してたんです。でも......夫婦の記念日も、私の誕生日も、『親が呼んでるから』って実家に行っちゃうんです。私より親の方が大事なんだって、そう思うと......」
ダイキ「記念日や誕生日も」
美咲「はい......それで、去年の結婚記念日のときに、私、爆発しちゃって。『私たち夫婦より、親を優先するんですか?』って言ったんです」
ダイキ「そのとき、ご主人はどう反応されましたか?」
美咲「......『お前は親不孝だな』って。『親を大事にできない人間が、家族を大事にできるわけがない』って言われました」
美咲さんの声が詰まった。その言葉がどれほど彼女を傷つけたのかが、画面越しにも伝わってくる。
「私」が見えなくなっていた
ダイキ「......その言葉、どう感じましたか?」
美咲「悲しかったです。私だって、親を大事にしてないわけじゃない。でも、私の親は遠いから、年に2〜3回しか会えないんです。それなのに......」
ダイキ「美咲さんご自身のご実家は、どのくらい離れているんですか?」
美咲「新幹線で3時間くらいです。だから、なかなか......でも、夫の実家は車で15分なんです」
ダイキ「なるほど......物理的な距離も違うんですね」
美咲「そうなんです。だから、夫は『すぐ行けるんだから』って。でも、私からすると、だからこそ、もう少し考えてほしいんです。私たち夫婦の時間も大切にしてほしいって......」
ダイキ「美咲さんは、ご主人に何を求めているんでしょう?」
この質問に、美咲さんは少し考え込んだ。
美咲「......何を求めているんだろう。私、考えたことなかったかもしれない」
ダイキ「今、どんなことが浮かびますか?」
美咲「......一緒にいてほしい、っていうのはあります。でも、それだけじゃなくて......なんだろう。『私を選んでほしい』っていうのかな」
美咲さんの声が少し震えた。
美咲「親を大事にするのは当たり前だと思います。でも......私も大事にしてほしい。私『も』じゃなくて、私『を』選んでほしいときもあるんです」
その言葉を口にした瞬間、美咲さんの目から涙がこぼれた。
「親孝行」という正論の裏側
ダイキ「......『私を選んでほしい』。その言葉、とても大切な言葉のように感じました」
美咲「......はい。でも、それって、わがままですよね。親を大事にするのは当たり前だし......」
ダイキ「わがまま、と思われるんですか?」
美咲「だって、夫に『親不孝だ』って言われたし......私が間違ってるのかなって」
ダイキ「美咲さん、ひとつ聞いてもいいですか。ご主人は、なぜそんなに頻繁に実家に行かれるんでしょう?」
美咲「......それは、義母さんが一人暮らしだからだと思います。義父さんは3年前に亡くなって......」
ダイキ「お義母さま、お一人なんですね」
美咲「はい。だから、夫は『母親が心配だ』って。でも......義母さん、まだ65歳で元気なんです。友達もいるし、趣味のサークルにも通ってて」
ダイキ「なるほど......お義母さまご自身は、どう感じておられるんでしょうね」
美咲「......え?」
ダイキ「お義母さまが、ご主人に頻繁に来てほしいと思っているのか、それとも......」
美咲「あ......そういえば、義母さん、この前『○○(夫)はよく来てくれるけど、たまには二人で旅行でも行ったら?』って言ってたんです」
ダイキ「そうなんですね」
美咲「......そうか。義母さん、別に毎週来てほしいわけじゃないのかも......」
美咲さんは何かに気づいたような表情をした。
夫の「親孝行」の正体
ダイキ「美咲さん、ご主人が実家に行くとき、何をされているか、ご存知ですか?」
美咲「......ああ、そういえば、あまり詳しく聞いたことないかも。でも、母親と話したり、家の掃除とか......」
ダイキ「家の掃除、ですか」
美咲「はい。『母親一人だと大変だから』って。でも......」
ダイキ「でも?」
美咲「......掃除って、週に2回も3回もする必要あるのかな。それに、義母さん、自分でもちゃんとやってるし......」
ダイキ「ご主人ご自身は、実家に行くことについて、どう感じているんでしょうね」
美咲「......どう感じている、か。考えたことなかったです」
ダイキ「もし、ご主人が『親孝行』という言葉を使わずに、実家に行く理由を説明するとしたら、何て言うと思いますか?」
美咲さんは少し考え込んだ。そして、ゆっくりと口を開いた。
美咲「......『実家が落ち着く』とか、『母親と話すと安心する』とか......そういうことかもしれないです」
ダイキ「落ち着く、安心する」
美咲「......ああ。夫、会社でストレス抱えてるんです。最近、仕事がうまくいってなくて......」
美咲さんの表情が少し変わった。
美咲「もしかして......実家が、夫にとって逃げ場になってるのかな」
涙の裏にある本当の気持ち
ダイキ「逃げ場、ですか」
美咲「はい......そう考えると、いろいろ腑に落ちることがあるんです。夫、私と話してても、どこか上の空で......実家から帰ってくると、少しだけ機嫌がいいんです」
美咲さんの声が震え始めた。
美咲「......私、夫の逃げ場になれてないんだ」
その言葉を口にした瞬間、美咲さんは声を詰まらせた。
美咲「私、ずっと『実家ばかり行って』って怒ってたけど......本当は、『私を必要としてほしい』って思ってたんです。夫が実家に行くたびに、『私じゃダメなんだ』って......」
涙が止まらない美咲さん。しばらく、沈黙が続いた。
ダイキ「......美咲さん、今、何を感じていますか?」
美咲「......悲しいです。でも......なんか、少しだけ楽になった気もします」
ダイキ「楽になった?」
美咲「はい。私、ずっと『夫が悪い、義母が悪い』って思ってたんです。でも......違うのかもしれない。夫も、何か抱えてて......私、それに気づいてあげられてなかったんだって」
美咲さんは涙を拭いながら、少しだけ笑った。
「外部ネットワーク」としての実家
ダイキ「美咲さん、ひとつお聞きしたいんですが、美咲さんご自身には、ストレスを感じたときに頼れる人はいますか?」
美咲「......頼れる人、ですか。友達は何人かいますけど......でも、最近はあまり会ってないです」
ダイキ「ご主人以外で、話を聞いてもらったり、支えてもらったりする人」
美咲「......あんまりいないかも。実家の母とは電話で話すくらいで......」
ダイキ「なるほど。ご主人には、お義母さまがいて、美咲さんには......」
美咲「......ああ、そうか。夫には母親がいて、私には......誰もいない」
美咲さんははっとした表情を浮かべた。
美咲「私、夫に『私だけを見て』って求めてたけど......夫だって、私以外の人も必要なんですよね」
ダイキ「どう思われますか?」
美咲「......そうですよね。人って、一人だけに頼るのは無理なんだ。夫も、私も、いろんな人に支えられて生きてるんだって......」
美咲さんの表情が、少しずつ穏やかになっていく。
ダイキ「美咲さんは、どんな人に支えてもらいたいですか?」
美咲「......そうですね。友達にも、もっと会いたいです。実家の母とも、もっと話したい。あと......夫とも、ちゃんと話したい」
ダイキ「ちゃんと話したい」
美咲「はい。今まで、『実家ばかり行かないで』って言ってたけど......そうじゃなくて、『私も寂しい』とか、『二人の時間も大切にしたい』って、素直に伝えたいです」
バランスを見つける
ダイキ「美咲さん、今日のお話を通じて、どんなことに気づきましたか?」
美咲「......たくさん気づいたことがあります。まず、私が求めていたのは『夫に実家に行かないでほしい』じゃなくて、『私を必要としてほしい』『二人の時間を大切にしてほしい』っていうことだったんだって」
ダイキ「うん」
美咲「それから、夫が実家に行くのは『親孝行』だけじゃなくて、夫自身が安心できる場所を必要としてたんだって。私、それを否定してたんだなって......」
美咲さんは少し恥ずかしそうに笑った。
美咲「あと......私自身も、夫以外の人にも頼っていいんだって。友達とか、母親とか......いろんな人と繋がっていていいんだって」
ダイキ「素晴らしい気づきですね。これから、どうしていきたいですか?」
美咲「まず、夫とちゃんと話したいです。『実家に行くな』じゃなくて、『私も寂しいから、二人の時間も作ろう』って。それから、実家に行く頻度とか、記念日のこととか、一緒に考えたいです」
ダイキ「具体的に考えておられるんですね」
美咲「はい。それから......私も、友達と会ったり、自分の時間を大切にしたいです。夫だけに頼るんじゃなくて、いろんな人と繋がって......そうすれば、夫が実家に行っても、そんなに寂しくないかもしれない」
ダイキ「いいですね。何か不安なことはありますか?」
美咲「......夫が、ちゃんと話を聞いてくれるかどうか、不安です。でも......今までみたいに感情的になるんじゃなくて、落ち着いて話せば、きっと伝わるって信じたいです」
美咲さんの表情は、セッション開始時とはまったく違っていた。疲れと諦めの表情は消え、少しだけ希望が見える表情に変わっていた。
最後に
ダイキ「美咲さん、今日はたくさんのことに気づかれましたね」
美咲「はい。ダイキさんのおかげです。ありがとうございました」
美咲「あの......ひとつ聞いてもいいですか?」
ダイキ「もちろんです」
美咲「夫婦って、どのくらい一緒にいるのがいいんでしょうか。私、『ずっと一緒にいなきゃ』って思ってたけど......」
ダイキ「どう思われますか?」
美咲「......人それぞれ、なんですよね。大事なのは、お互いが納得できるバランスを見つけること。そして、そのバランスは、状況によって変わってもいいんだって」
ダイキ「素晴らしいですね」
美咲「はい。今日、本当にありがとうございました。また、何かあったら相談させてください」
ダイキ「いつでもどうぞ。美咲さんの幸せを願っています」