『いい人』をやめたら、本当の人間関係が見えてきた話

『いい人』をやめたら、本当の人間関係が見えてきた話

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コラム

「断れない」という悩み


カウンセリングルームのドアが開き、クライエントが静かに入ってきた。少し疲れた表情で、椅子に腰を下ろすと、小さく息をついた。

クライエント「今日はちょっと...相談したいことがあって来ました」

ダイキ「はい、どうぞ。今日はどんなことでしょうか?」

クライエントは少し言葉を探すように視線を落とした。

クライエント「最近、すごく疲れてるんです。仕事も忙しいんですけど、それ以上に...なんというか、自分の時間が全然ないんですよね」

ダイキ「自分の時間がない、ですか」

クライエント「はい。職場では後輩の相談に乗ったり、プライベートでは友人から『ちょっと話聞いて』って連絡が来たり...。週末も予定が入っちゃって、気づいたら自分のための時間がゼロなんです」

ダイキは静かにうなずいた。

ダイキ「それは、かなりしんどい状況ですね。その...後輩の相談や友人の話を聞くことについて、どう感じていますか?」

クライエントは少し考えてから答えた。

クライエント「最初は...嬉しかったんです。頼られてるって。でも最近は、正直しんどいなって思うことも増えてきて...」

ダイキ「しんどいと感じている、と」

クライエント「でも、断ったら悪いじゃないですか。相手も困ってるから頼んでくるわけだし...」

「いい人」の代償


ダイキ「断ったら悪い、というのは、どういう意味で『悪い』と感じるんでしょうか?」

クライエントは少し驚いたような表情を見せた。

クライエント「え、どういう意味って...そりゃ、相手に迷惑かけちゃうし、嫌われるかもしれないし...」

ダイキ「嫌われるかもしれない、ですか」

クライエント「はい。『冷たい人』って思われたくないんです。実際、職場でも『優しい』とか『頼りになる』って言われることが多くて...」

そう言いながら、クライエントの表情は少し曇った。

ダイキ「『優しい』『頼りになる』と言われることについて、どう感じていますか?」

クライエント「......嬉しい、はずなんですけど」

言葉が途切れた。しばらく沈黙が続いた後、クライエントがぽつりと言った。

クライエント「でも、最近は...『私って、都合のいい人なのかな』って思っちゃうんです」

ダイキは静かに待った。

クライエント「この前も、友人から突然『明日会えない?話聞いてほしい』って連絡が来て...。その日は久しぶりに何も予定のない休日で、ゆっくりしようと思ってたのに...」

ダイキ「その時、どうしたんですか?」

クライエント「会いました。断れなくて」

ダイキ「断れなかった、と」

クライエント「はい。で、結局4時間くらい話を聞いて...家に帰ったらもう夕方で。自分のやりたかったことは何もできなくて、すごく虚しくなっちゃって...」

クライエントの目に、うっすらと涙が浮かんでいた。

過去の影響


ダイキ「その虚しさ...それは、どこから来ていると思いますか?」

クライエント「......わかりません。でも、昔からこうだった気がします」

ダイキ「昔から?」

クライエントはゆっくりと話し始めた。

クライエント「子どもの頃、親から『人に優しくしなさい』『困ってる人がいたら助けてあげなさい』ってずっと言われてて...。それ自体は悪いことじゃないと思うんですけど」

ダイキ「うん」

クライエント「でも同時に、『わがままを言うな』『自分のことばかり考えるな』とも言われてたんです。だから、自分の気持ちを優先するのは...悪いことなんだって、どこかで思い込んでたのかもしれません」

ダイキは静かにうなずいた。

ダイキ「自分の気持ちを優先することは、悪いこと、と」

クライエント「はい。それが当たり前になっていて...。大人になった今でも、自分のために時間を使おうとすると、なんか罪悪感があるんです」

ダイキ「罪悪感、ですか」

クライエント「そうなんです。『この時間を、困ってる誰かのために使うべきなんじゃないか』って...」

境界線とは何か


ダイキ「今のお話を聞いていて思ったのは、もしかすると...『境界線』ということかもしれません」

クライエント「境界線...?」

ダイキ「はい。自分と他者との間に引く、見えない線のようなものです。どこまでが自分の責任で、どこからが相手の責任なのか。自分が何を引き受けて、何を引き受けないのか、という線です」

クライエントは少し考え込んだ。

クライエント「......それって、自分勝手ってことじゃないんですか?」

ダイキ「そう感じますか?」

クライエント「だって、境界線を引くって、『ここから先は知りません』って言うようなものですよね。冷たくないですか?」

ダイキは少し間を置いてから話し始めた。

ダイキ「ひとつ、質問してもいいですか。今の状態で、あなたは本当に人を助けられていますか?」

クライエントははっとした表情を見せた。

クライエント「え...」

ダイキ「疲れ果てて、自分の時間もない状態で、相手の話を心から聞けているでしょうか。それとも、『早く終わらないかな』と思いながら聞いていることもありませんか?」

クライエントは、ゆっくりとうなずいた。

クライエント「......あります。最近は特に...話を聞きながらも、頭の中では『今日は何時に帰れるかな』とか考えてて...」

ダイキ「そうですよね。それは、あなたが悪いわけじゃないんです。人間には限界があります。自分のエネルギーが枯渇していたら、誰かを本当の意味で支えることはできないんです」

気づきの瞬間


クライエント「......でも、断ったら相手はどうするんですか?」

ダイキ「それは、考えたことがありますか? 実際に断ったら、どうなると思いますか?」

クライエント「きっと...困ると思います。それで、私のことを嫌いになるかもしれない」

ダイキ「なるほど。では、こう考えてみてください。もし、その人があなたに断られただけで関係が壊れるとしたら、それは本当に対等な関係だったと言えるでしょうか?」

クライエントは目を見開いた。

クライエント「......」

ダイキは続けた。

ダイキ「本当の関係というのは、お互いが『イエス』も『ノー』も言える関係なんじゃないでしょうか。あなたがいつも『イエス』しか言えないとしたら、それは...対等ではないかもしれません」

クライエントの目から、涙が一筋流れた。

クライエント「......そうか。私、ずっと...対等じゃなかったのかもしれない」

ダイキ「うん」

クライエント「いつも私が合わせて、相手の都合に合わせて...。でも、相手は私の都合なんて聞いてこない。それって...」

言葉を探すように、クライエントは手を握りしめた。

クライエント「それって、私が自分で『都合のいい人』になってたってことですよね」

ダイキ「......そう気づいたんですね」

クライエント「はい...」

自律性という欲求


ダイキ「人には、いくつかの基本的な欲求があるって言われています」

クライエント「欲求...?」

ダイキ「はい。たとえば、『他者と深く結びつきたい』という欲求。これは、今あなたが大切にしてきたものです」

クライエント「ああ...確かに」

ダイキ「でも、それと同じくらい大切な欲求がもうひとつあります。それは『自律性』。つまり、自分で選びたい、自分の行動を自分で決めたい、という欲求です」

クライエントは真剣な表情で聞いていた。

ダイキ「あなたは今まで、『関係性』の欲求ばかりを満たそうとして、『自律性』の欲求を無視してきたのかもしれません。だから、こんなに疲れているんじゃないでしょうか」

クライエント「自律性...」

ダイキ「自分で選ぶこと。自分の意思で『これはやる、これはやらない』と決めること。それは、わがままでも自分勝手でもないんです。人として、とても大切な欲求なんです」

クライエントは、ゆっくりと息を吐いた。

クライエント「......私、ずっと『選べない』って思ってました。断ったら関係が壊れるって。でも、本当は...」

ダイキ「本当は?」

クライエント「本当は、選んでいいんですよね。『ノー』って言っていいんですよね」

ダイキは優しく微笑んだ。

ダイキ「はい。選んでいいんです」

罪悪感との向き合い方


クライエント「でも...実際に断るとなると、すごく罪悪感があると思うんです」

ダイキ「ええ、そうでしょうね。長年の習慣を変えるのは、簡単ではありません」

クライエント「どうしたらいいんでしょうか...」

ダイキ「まず、罪悪感が出てきたときに、その感情を否定しないことです。『罪悪感を感じちゃダメ』って思うと、余計につらくなります」

クライエント「感情を否定しない...」

ダイキ「はい。『ああ、今罪悪感を感じてるな』って、ただ気づく。そして、その上で『でも、私には自分の時間を大切にする権利がある』って、自分に言ってあげるんです」

クライエントはメモを取り始めた。

ダイキ「それから、断り方も大切です。『ごめん、無理』とだけ言うんじゃなくて、『今は自分の時間を優先したいから、今回は難しい』って、理由を添えて伝える」

クライエント「理由を...」

ダイキ「ええ。相手を拒絶しているわけじゃなくて、『今の自分には余裕がない』ということを、正直に伝えるんです」

クライエント「なるほど...」

ダイキ「そして、もうひとつ。全部断る必要はありません。『自分が本当に力になりたい』と思える時だけ、引き受ければいいんです」

クライエントは顔を上げた。

クライエント「本当に力になりたいと思える時...」

ダイキ「そう。義務感や罪悪感で引き受けるのではなく、『これは自分がやりたい』と思える時だけ。そうすれば、相手にも誠実に向き合えるはずです」

今できる小さな一歩


クライエント「......やってみたいです。でも、何から始めたらいいか...」

ダイキ「では、具体的に考えてみましょうか。今週、もし誰かから何か頼まれたら、どうしますか?」

クライエント「えっと...まずは、その場ですぐに『いいよ』って言わないようにします」

ダイキ「いいですね。それから?」

クライエント「『ちょっと考えさせて』って言って、時間をもらいます。で、その間に...自分が本当にやりたいのか、今の自分に余裕があるのか、考えてみます」

ダイキ「素晴らしいですね。考えた結果、もし断ることにしたら?」

クライエント「『今は自分の時間を大切にしたいから、今回は難しい。ごめんね』って、正直に伝えます」

ダイキはうなずいた。

ダイキ「完璧です。その時、もし罪悪感が出てきたら?」

クライエント「『罪悪感を感じてるな』って気づいて...でも、『私には自分の時間を大切にする権利がある』って、自分に言い聞かせます」

ダイキ「はい。それを繰り返していくうちに、だんだん楽になっていくはずです」

対話の終わりに


セッションの終わりが近づいてきた。クライエントの表情は、最初に比べて明るくなっていた。

クライエント「今日来て、本当に良かったです」

ダイキ「そう言ってもらえて嬉しいです」

クライエント「ずっとモヤモヤしてたものの正体が、少し見えた気がします。境界線...自分と他者の間に引く線」

ダイキ「ええ」

クライエント「それって、相手を拒絶することじゃなくて...自分を大切にすることなんですね」

ダイキは静かにうなずいた。

ダイキ「その通りです。自分を大切にできて初めて、他者も大切にできるんです」

クライエント「......頑張ってみます。小さなことから」

ダイキ「焦らなくていいですよ。少しずつで大丈夫です」

クライエントは立ち上がり、深く頭を下げた。

クライエント「ありがとうございました」

ドアを開けて部屋を出ていくクライエントの背中は、最初に入ってきた時よりも、少しだけ軽く見えた。

この対話から見えてくるもの


この対話の中で、クライエントはいくつかの重要な気づきを得た。

まず、「断れない」という問題の根っこには、幼少期から形成された「自分の気持ちを優先してはいけない」という価値観があった。これは、親からの教育や育った環境の影響によるものだ。

次に、「いい人」でいることの代償として、自分のエネルギーが枯渇し、本当の意味で人を助けられなくなっていたという現実に直面した。

そして、最も大きな気づきは「境界線」という概念だった。自分と他者の間に適切な線を引くことは、冷たいことでも自分勝手なことでもなく、むしろ健全な関係を築くために必要なことだと理解した。

さらに、人間には「関係性」の欲求と同じくらい「自律性」の欲求があり、自分で選ぶことの大切さを学んだ。

最後に、具体的な行動として「すぐに返事をしない」「考える時間をもらう」「正直に伝える」という小さな一歩を見つけることができた。

あなたに伝えたいこと


もしあなたが、このクライエントと同じように「断れない」「自分の時間がない」と感じているなら、それはあなたが悪いわけではありません。

長年の習慣や価値観を変えるのは、簡単なことではありません。でも、変えることはできます。

境界線を引くことは、相手を拒絶することではありません。自分を大切にし、結果的に相手にも誠実に向き合うための、大切な一歩です。

小さなことから始めてみてください。すぐに「イエス」と言わない。考える時間をもらう。そして、自分の気持ちに正直になる。

あなたには、自分の時間を大切にする権利があります。それは、わがままでも自分勝手でもありません。人として、当たり前の権利なのです。


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