はじめに
カウンセリングルームの白い壁に、柔らかな午後の光が差し込んでいた。クライエントの真由美さん(34歳・仮名)は、ソファに座りながら何度もハンカチを握りしめていた。
ダイキ「今日はどうされました?」
真由美さんは少し躊躇してから、ゆっくりと口を開いた。
真由美「あの......自分でも情けないんですけど......最近、彼に対する嫉妬が止まらなくて......」
声が震えている。その震えの中に、彼女の苦しみが滲んでいた。
止まらない嫉妬の渦
ダイキ「嫉妬が止まらない、というのは?」
真由美「彼の携帯が鳴るたびに、誰からだろうって......仕事の連絡だって頭ではわかってるのに、心臓がバクバクして......」
彼女は自分の胸に手を当てた。
真由美「昨日も、職場の女性の話をしただけなのに不機嫌になって。彼は困った顔してたんですけど......止められないんです。気づいたら、SNSをチェックしてたり......自分がどんどん嫌になって......」
部屋に沈黙が降りた。
ダイキ「真由美さん、今おっしゃった『自分が嫌になる』っていうの、もう少し聞かせてもらえますか?」
真由美「......こんなに疑ってばかりの自分、情けないんです。彼を信じられない自分が......」
そう言って、彼女は顔を伏せた。
「失う」ことへの恐怖
ダイキ「真由美さんが感じているその気持ち、すごく苦しいですよね」
真由美「......はい」
ダイキ「一つ聞いてもいいですか。その嫉妬を感じているとき、真由美さんの中で何が起きていると思いますか?」
真由美「何が......?」
ダイキ「たとえば、彼の携帯が鳴ったとき。その瞬間、真由美さんの頭の中には、どんな考えが浮かんでいますか?」
真由美さんは少し考えてから、小さな声で答えた。
真由美「......もしかして、他の女性かもって」
ダイキ「他の女性だったら?」
真由美「......彼が、その人に惹かれて......」
言葉が途切れる。そして、さらに小さな声で。
真由美「......私のこと、いらないって思われたら......」
その瞬間、彼女の目から涙がこぼれた。
ダイキ「『いらない』って思われたら......?」
真由美「......怖いんです。彼を失うのが......」
彼女は両手で顔を覆った。肩が小刻みに震えている。
ダイキはティッシュの箱を静かに差し出し、しばらく黙って待った。真由美さんが落ち着くまで、急かさずに。
真由美「......ごめんなさい」
ダイキ「謝る必要はないですよ。今、真由美さんは大切なことに触れたんだと思います」
真由美「......大切なこと?」
ダイキ「はい。嫉妬の奥にあるもの。それは『失う恐怖』なんじゃないでしょうか」
真由美さんは顔を上げ、ダイキを見た。
過去の傷跡
ダイキ「真由美さん、少し昔のことを聞いてもいいですか。こうして誰かを失うかもしれないって怖くなること、今が初めてですか?」
真由美「......いえ。実は......高校生のとき、すごく仲良かった友達がいて......」
ダイキ「うん」
真由美「3人グループだったんです。私と、A子と、B子。毎日一緒で......私にとって、すごく大切で......でも、ある日......A子とB子が、私抜きで遊んでるのを知って......」
彼女の声が震えた。
真由美「何度もあって......グループから私だけ外されてて......2人は私を避けるようになって......理由も聞けないまま、ある日突然、大切な人たちがいなくなったんです」
涙が再び流れた。あの日の痛みが、今も鮮明に残っているようだった。
ダイキ「それは......とても辛い経験でしたね」
真由美「......はい。あのとき、何が悪かったのか、今でもわからないんです。私が何かしたのか、私のどこが嫌だったのか......」
彼女は震える手でハンカチを握りしめた。
真由美「それから......誰かと親しくなると、いつか捨てられるんじゃないかって思うようになって......」
気づきの瞬間
ダイキ「真由美さん、今お話しいただいたこと。高校生のときの経験と、今の彼への嫉妬。この2つ、何か繋がりを感じますか?」
真由美さんは驚いたように顔を上げた。
真由美「......繋がり?」
ダイキ「ええ。たとえば、彼の携帯が鳴ったとき、真由美さんが感じる恐怖。それは......」
真由美「......あ」
何かに気づいた表情だった。
真由美「......また、捨てられるんじゃないかって......」
ダイキ「そう。あのときと同じように、大切な人がいなくなってしまうんじゃないか。その恐怖が、嫉妬という形で出ているのかもしれませんね」
真由美さんは呼吸を止めたように、じっと考え込んだ。
真由美「......そうか。私、彼を疑ってたんじゃなくて......失うのが怖かったんだ......」
その言葉を口にした瞬間、何かが彼女の中で変わった気がした。
ダイキ「真由美さんにとって、彼はどんな存在ですか?」
真由美「......大切な人です。初めて、こんなに安心できる関係になれたって思えた人......」
ダイキ「うん」
真由美「だからこそ......失いたくなくて......」
彼女の声に、温かさが滲んだ。
ダイキ「大切だからこそ、失うのが怖い。それは自然な感情だと思います」
真由美「......でも、この嫉妬のせいで、逆に彼を遠ざけてしまってる気がして......」
ダイキ「そうですね。守りたいのに、守り方がわからない。そんな感じでしょうか」
真由美「......まさに、そうです」
嫉妬の本当の意味
ダイキ「真由美さん、嫉妬って、実は大切なメッセージを持ってるって知ってますか? 嫉妬は『この人は私にとって大切だ』っていう心の叫びなんです」
真由美「......」
ダイキ「どうでもいい人には、嫉妬なんて感じませんよね? 嫉妬は、その人が自分にとってかけがえのない存在だって、心が教えてくれているサインなんです」
真由美さんは目を見開いた。
真由美「嫉妬が......大切だっていうサイン......」
ダイキ「ただ、その感情に振り回されて、相手をコントロールしようとしたり、疑ったりし始めると、関係は壊れていってしまう。大切なのは、嫉妬を感じたとき、『ああ、私はこの人が大切なんだな』って認めること。そして、その気持ちを、どう相手に伝えるかを考えることじゃないでしょうか」
真由美さんはゆっくりと頷いた。
自分の価値を見つめる
ダイキ「もう一つ、聞いてもいいですか。真由美さんは、どんな自分だったら、彼に愛されると思いますか?」
真由美「どんな自分......? ......完璧な、自分?」
ダイキ「完璧じゃないと、愛されないと?」
真由美「......」
言葉に詰まった。
ダイキ「逆に聞きますね。彼のこと、完璧だから好きなんですか?」
真由美「え......いえ、そんなことは......優しいところとか、私の話をちゃんと聞いてくれるところが好きで......たまに忘れ物するし、時間にルーズなところもあるけど......でも、好きです」
ダイキ「だとしたら、彼も真由美さんのこと、完璧じゃないから好きなんじゃないですか?」
真由美さんはハッとした表情を見せた。
真由美「......私、ずっと......完璧じゃないとダメだって思ってました」
ダイキ「それは、高校生のときの経験から?」
真由美「......はい。あのとき、私が何か足りなかったから、捨てられたんだって......ずっと......」
ダイキ「でもね、真由美さん。人との関係って、完璧さで成り立つものじゃないんです。不完全だからこそ、支え合える。弱さを見せられるからこそ、深い関係になれる」
真由美さんの目に、また涙が浮かんだ。でも今度は、違う種類の涙だった。
真由美「......私、ずっと......怖くて......弱いところ見せたら、また捨てられるって......だから、必死に完璧なふりして......でも......疲れちゃって......」
彼女は小さく笑った。
新しい視点
ダイキ「真由美さん、今日ここで気づいたこと、まとめてみましょうか。嫉妬の奥には、何があったと思いますか?」
真由美「......大切な人を失う恐怖......です」
ダイキ「その恐怖は、どこから来ていましたか?」
真由美「......高校生のときの、あの経験......」
ダイキ「そうですね。そして今、真由美さんは何に気づきましたか?」
真由美さんは深呼吸をしてから、ゆっくりと答えた。
真由美「......嫉妬は、彼が大切だっていうサインだってこと。そして......完璧じゃなくてもいいんだってこと......」
ダイキ「素晴らしい気づきですね。焦らなくていいんですよ。まず、嫉妬を感じたとき、自分を責めるのをやめてみませんか? 『ああ、また嫉妬してる。私ってダメだな』じゃなくて、『ああ、彼が大切なんだな』って、まず自分の気持ちを認めてあげる」
真由美「......そうか」
ダイキ「それから、その気持ちを、攻撃じゃなくて、素直に伝えてみる。たとえば、『あなたが他の人と話してると、不安になっちゃう。私のこと、大切に思ってくれてるのかな?』って」
真由美「......そんなこと、言っていいんですか?」
ダイキ「もちろんです。それは疑いじゃなくて、確認。そして、自分の弱さを見せることでもある」
真由美さんは少し考えてから、小さく頷いた。
恐怖を超えて
真由美「......でも、やっぱり怖いです。弱いところ見せたら......やっぱり、嫌われるんじゃないかって......」
ダイキ「その可能性はゼロじゃないかもしれません」
真由美さんは驚いた顔をした。
ダイキ「でも、弱さを見せられない関係って、本当の関係と言えるでしょうか? 完璧なふりをし続けて、いつか疲れて壊れてしまう関係と、弱さを見せ合える関係。どちらが、真由美さんの求めているものに近いですか?」
真由美さんは長い沈黙の後、静かに答えた。
真由美「......弱さを見せ合える関係......です」
ダイキ「だとしたら、怖いけど、一歩踏み出す価値はあるんじゃないでしょうか」
真由美「......はい」
彼女の表情が、少しずつ柔らかくなっていった。
小さな一歩
ダイキ「真由美さん、これから具体的に、何かやってみたいことはありますか?」
真由美さんは少し考えてから、恥ずかしそうに答えた。
真由美「......今日話したこと、彼に伝えてみたいです。『最近、嫉妬しちゃってごめん』って謝って......それから『でも、それはあなたが大切だからなんだ』って......」
ダイキ「素敵ですね」
真由美「......『完璧じゃない私でも、愛してくれる?』って......聞いてみたい......かも」
その言葉を口にしたとき、真由美さんの目からまた涙が流れた。でも今度は、優しい涙だった。
ダイキ「それ、すごく勇気のいることですね」
真由美「......はい。でも......言ってみたいです」
ダイキ「もし、嫉妬を感じたらどうしますか?」
真由美「......まず、自分の気持ちを認めます。『ああ、私は彼が大切なんだ』って。それでも不安だったら、彼に素直に伝えてみます」
ダイキ「いいですね。焦らなくていいですからね」
終わりに
カウンセリングが終わり、真由美さんが帰り支度をしていると、彼女はふと立ち止まった。
真由美「先生......嫉妬って、悪いものじゃないんですね」
ダイキ「ええ。大切な人がいるっていう証拠ですから」
真由美「私......ずっと、こんな感情を持つ自分が嫌でした。でも......この気持ち、ちゃんと受け止めてみます」
ダイキ「真由美さんなら、きっと大丈夫ですよ」
真由美「ありがとうございました」
ドアを開けて外に出る真由美さんの背中は、少しだけ軽くなっているように見えた。
嫉妬という感情は、「価値あるものを失う恐怖」から生まれる。しかし同時に、それは「この人が大切だ」という心の叫びでもある。大切なのは、その感情を否定することではなく、理解すること。そして、恐怖を超えて、本当の自分を見せる勇気を持つこと。完璧じゃなくても、弱さがあっても、それでも愛し合える関係を築けたとき、人は初めて本当の安心を手に入れることができるのかもしれない。
【カウンセラーからのメッセージ】
嫉妬に苦しんでいるあなたへ。
その感情は、決してあなたが「ダメな人間」だからではありません。それは、誰かを大切に思える心があるという証拠です。
ただ、過去の傷が、今の関係を脅かしているのかもしれません。過去に失った痛みが、今の幸せを手放せなくさせている。その恐怖は、とても自然なものです。
でも、覚えていてください。本当に深い関係は、完璧さではなく、脆弱性の上に築かれます。弱さを見せられる関係こそが、本物の絆なのです。
一人で抱え込まず、信頼できる人に相談してみてください。プロのカウンセラーに話を聞いてもらうのも、一つの方法です。
あなたには、愛される価値があります。 完璧じゃなくても、弱さがあっても、それでもあなたは愛される価値があるのです。