何もかもが中途半端に感じる日々
カウンセリングルームに入ってきたクライエントは、少し疲れた様子だった。座るなり、小さく息を吐いた。
クライエント「最近、何をやっても中途半端な感じがするんです」
静かに、でもどこか切迫した声だった。
ダイキ「中途半端、ですか」
クライエント「はい...仕事も、家のことも、全部。何か一つのことに集中できなくて。頭の中がずっとモヤモヤしてるんです」
クライエントは両手を組んで、膝の上に置いた。視線は床に落ちている。
ダイキ「そのモヤモヤは、いつ頃から感じるようになりました?」
クライエント「...そうですね、半年くらい前からかな。いや、もっと前からあったかもしれないけど、気づいたのは最近です」
少し考えてから、クライエントは続けた。
クライエント「実は、数ヶ月前に昇進したんです。ずっと目指してた管理職になれて。周りからは『おめでとう』って言われるし、自分でも嬉しいはずなのに...なんか、違うんですよね」
目標を達成したはずなのに
ダイキ「嬉しいはずなのに、違う?」
クライエント「はい。なんていうか...昇進するまでは、『管理職になる』っていう明確な目標があったんです。それに向かって頑張ればよかった。でも、なってみたら...『で、次は?』って感じで」
クライエントは少し苦笑した。
クライエント「贅沢な悩みですよね。でも本当に、毎日『このままでいいのか』って思っちゃうんです。朝起きても、なんか気持ちがスッキリしなくて」
ダイキ「『このままでいいのか』...その言葉、何度も頭の中で繰り返されてる感じですか?」
クライエント「そうなんです。仕事中も、家にいる時も。何かしようとしても、その言葉が邪魔してくるんです」
ダイキはゆっくり頷いた。
ダイキ「今のお話を聞いていて思ったんですが...もしかすると、今は『混乱期』なのかもしれませんね」
クライエント「混乱期?」
人生の転換点には、必ず「混乱期」がある
ダイキ「はい。人生には大きな変化の時期があるんです。新しい役割に就いたり、環境が変わったり。そういう時、私たちは必ず『混乱期』を通過するんです」
クライエント「混乱期...確かに、混乱してる感じはします。でも、それって良くないことですよね?」
ダイキ「多くの人がそう思います。でも実は、混乱期って悪いものじゃないんです」
クライエントは少し驚いた顔をした。
ダイキ「むしろ、混乱期は新しい自分になるために必要な、大切な時間なんです。ちょっと例え話をしてもいいですか?」
クライエント「はい、お願いします」
ダイキ「蝶々がさなぎになる時期を想像してみてください。さなぎの中では、幼虫の体が一度ドロドロに溶けて、そこから蝶々の体が作られるんです」
クライエントは黙って聞いている。
ダイキ「その『ドロドロの時期』こそが、今の〇〇さんの状態なのかもしれません。以前の自分でもない、これからの自分でもない。どちらでもない、中間地点にいる」
クライエント「...中間地点」
小さく、その言葉を繰り返した。
「何者でもない時間」の意味
ダイキ「この中間地点のことを、専門的には『ニュートラルゾーン』とも呼びます。以前の役割や立場から離れて、でもまだ新しい自分が見えてこない。そういう時期です」
クライエント「確かに...以前は『昇進を目指す人』だったけど、今は『管理職』になった。でも、管理職として自分が何をすべきかは、まだよくわかってない」
ダイキ「そうなんです。そして、この時期って実はすごく創造的な時間でもあるんですよ」
クライエント「創造的?」
クライエントは少し首を傾げた。
ダイキ「はい。何者でもない時間だからこそ、『本当は自分は何をしたいのか』『どんな管理職になりたいのか』って、ゼロから考えられるんです」
クライエント「ああ...」
何かに気づいたように、クライエントは目を見開いた。
クライエント「だから、モヤモヤしてるのかな。いろんなことを考えてるから」
ダイキ「そうかもしれませんね。どんなことを考えてました?」
モヤモヤの中身
クライエントは少し間を置いてから話し始めた。
クライエント「実は...『管理職ってこういうものだ』って、周りから期待されてることと、自分が本当にやりたいことが、違う気がするんです」
ダイキ「違う、というのは?」
クライエント「会社では、結果を出して、部下を管理して、上司の期待に応えて...それが『良い管理職』だって言われます。でも、僕は...」
言葉が続かなくなった。ダイキは待った。
クライエント「...僕は、もっと人と対話したいんです。一人ひとりの話を聞いて、その人が本当にやりたいことを一緒に考えたい。でも、それって『甘い』って言われそうで」
ダイキ「『甘い』と思われるのが、怖い?」
クライエント「はい...周りからどう見られるかって、すごく気になります。せっかく管理職になったのに、期待に応えられなかったらって」
ダイキはゆっくり頷いた。
ダイキ「今の話を聞いていて思ったんですが...もしかすると、混乱してるのは『周りの期待』と『自分の本音』の間で揺れてるからかもしれませんね」
クライエントは黙って、自分の手を見つめた。
混乱を抱えたまま進む
しばらく沈黙が続いた。ダイキは急がなかった。
クライエント「...でも、混乱してる状態って、やっぱりしんどいです。早くスッキリしたいんですけど」
ダイキ「そうですよね。混乱してると、何か決断しなきゃって焦りますよね」
クライエント「はい。このモヤモヤを何とかしたくて、いろいろ調べたり、ビジネス書読んだり、セミナー行ったりしてるんです。でも、余計に疲れるだけで...」
ダイキ「頭も体も、疲れてませんか?」
クライエント「...そうかもしれません。最近、夜もあまり眠れなくて。頭の中でずっと考え事してる感じです」
ダイキは少し前のめりになった。
ダイキ「実は、混乱期にある時って、エネルギーがすごく消耗してるんです。見えない疲労が溜まってる状態」
クライエント「見えない疲労?」
ダイキ「はい。例えば、激しい運動をした後の疲れは自覚できますよね。でも、心の葛藤や迷いからくる疲れって、自覚しにくいんです」
クライエント「確かに...疲れてるって意識はあまりなかったです」
ダイキ「こういう時期は、まず『離れる』『休む』ことが大切なんです。その後で『工夫する』。この順番が重要で」
クライエント「離れる...ですか」
まずは「離れる」ことから
ダイキ「はい。今は答えを出そうとして、いろんな情報を集めてますよね。でも、それがかえって頭を疲れさせてるかもしれません」
クライエント「...そうかもしれないです。ビジネス書読んでも、セミナー行っても、その時は『なるほど』って思うけど、結局モヤモヤは消えなくて」
ダイキ「それは、今のあなたに必要なのが『答え』じゃなくて、『休息』だからかもしれませんね」
クライエントは少し驚いた顔をした。
ダイキ「混乱期って、新しい自分を作るためのエネルギーが必要な時期なんです。でも、今は情報や刺激でいっぱいになってて、エネルギーが充電できない状態」
クライエント「充電...確かに、バッテリーが減ってる感じはします」
ダイキ「だとしたら、まずは刺激から離れてみるのはどうでしょう。ニュースやSNSを見るのを減らす、セミナーも一旦お休みする」
クライエント「でも、何もしないでいると、余計に不安になりそうで...」
ダイキは優しく微笑んだ。
ダイキ「その不安、すごくわかります。でも、『何もしない』んじゃなくて、『休む』んです。休むことも、立派な選択ですよ」
休むことへの抵抗
クライエント「...実は、休むことに抵抗があるんです」
初めて、クライエントは本音を口にした。
クライエント「休んでると、『時間を無駄にしてる』って思っちゃうんです。周りはみんな頑張ってるのに、自分だけサボってるみたいで」
ダイキ「その気持ち、『子どもの心』から来てるのかもしれませんね」
クライエント「子どもの心?」
ダイキ「はい。子どもの頃、『頑張らないとダメだよ』『休んでばかりいちゃダメだよ』って言われたこと、ありませんか?」
クライエントは少し考えて、頷いた。
クライエント「...ありました。親からも、先生からも。『努力しなさい』『怠けてはいけない』って」
ダイキ「その声が、今でも心の中で響いてるのかもしれません。だから、休もうとすると罪悪感が湧いてくる」
クライエント「ああ...そうかもしれないです」
クライエントは、何かに気づいたように目を見開いた。
クライエント「だから、休日でも何かしてないと落ち着かないのかな。ずっと勉強したり、本読んだり、何かしてないと」
ダイキ「今必要なのは、『頑張ること』じゃなくて、『自分を休ませること』なのかもしれませんね」
混乱期を味方にする
クライエントは深く息を吐いた。少し肩の力が抜けたように見えた。
クライエント「...今日話してて、少しわかった気がします」
ダイキ「どんなことですか?」
クライエント「混乱してることを、悪いことだって思ってました。早く答えを出さなきゃって焦ってた。でも、そうじゃないんですね」
ダイキ「そうなんです。混乱期は、新しい自分になるための大切な時間。焦って答えを出すんじゃなくて、ゆっくり自分の声を聞く時間」
クライエント「自分の声...」
ダイキ「はい。周りの期待じゃなくて、本当の自分が何を望んでいるのか。それを見つけるための時間です」
クライエントは少し前を見つめて、静かに言った。
クライエント「...実は、部下と対話するような管理職になりたいんです。結果だけを追うんじゃなくて、一人ひとりと向き合う。それが、僕がやりたいことなのかもしれません」
初めて、クライエントの声に力があった。
ダイキ「その想い、今初めて言葉にできた感じですか?」
クライエント「はい...ずっと心の奥にあったけど、認めるのが怖かった。でも、今言ってみて...少しスッキリしました」
ダイキは微笑んだ。
ダイキ「混乱期の中で、自分の本当の声に気づけた。それって、とても大きな一歩ですよ」
これからの一歩
クライエント「でも、具体的に何から始めればいいんでしょうか」
ダイキ「焦らなくていいと思いますよ。まずは、自分を休ませること。刺激から少し離れて、エネルギーを充電する」
クライエント「...そうですね。確かに、疲れてます」
ダイキ「それから、混乱を抱えたまま、少しずつ進んでみる。『こうあるべき』を手放して、『自分はどうしたいか』を大切にしながら」
クライエント「混乱を抱えたまま...それでいいんですか?」
ダイキ「いいんです。完全に答えが見えてから動くんじゃなくて、混乱しながらも自分の声を聞きながら進む。それが、混乱期の過ごし方なんです」
クライエントは深く頷いた。
クライエント「...なんか、少し楽になりました。混乱してることを認めていいんだって思えたら」
ダイキ「混乱期は、通過しなきゃいけない道なんです。そして、その先には新しい自分が待ってる」
数ヶ月後
その後、クライエントは月に一度のペースでカウンセリングに通った。
最初の数週間は、意識的に刺激を減らし、休む時間を増やした。セミナーに行くのをやめ、SNSを見る時間も減らした。
最初は不安だったが、徐々に心に余白ができてきた。そして、その余白の中で、自分が本当に大切にしたいことが少しずつ見えてきた。
職場では、週に一度、部下と1対1で話す時間を作り始めた。最初は戸惑われたが、続けるうちに部下からも本音が聞けるようになった。
「完璧な管理職」を目指すのではなく、「対話を大切にする管理職」として、自分のスタイルを少しずつ作っていった。
クライエント「あの時、『混乱期は悪いことじゃない』って言ってもらえて、本当に救われました」
数ヶ月後のセッションで、クライエントはそう言った。
クライエント「今でも、時々モヤモヤすることはあります。でも、それを『ダメなこと』だと思わなくなりました」
ダイキ「混乱することを、受け入れられるようになったんですね」
クライエント「はい。混乱しながらも、自分の声を聞いて進む。それでいいんだって」
クライエントは、穏やかな表情で微笑んだ。
ダイキ「混乱期を通過して、新しい自分に出会えましたね」
クライエント「まだ完璧じゃないけど...でも、これが僕なんだって思えるようになりました」
カウンセラーからのメッセージ
人生には、いくつかの大きな転換期があります。
昇進、転職、結婚、離婚、引っ越し...そうした変化の時、私たちは必ず「混乱期」を通過します。
以前の自分でもない、これからの自分でもない。どちらでもない、中間地点。
その時期は、とても不安で、焦りを感じるものです。「早く答えを出さなきゃ」と思うかもしれません。
でも、混乱期は悪いものではありません。
新しい自分になるための、大切な時間なんです。
もし今、あなたが混乱の中にいるなら...
焦って答えを出そうとせず、まずは自分を休ませてあげてください。
刺激から少し離れて、心に余白を作ってください。
そして、混乱を抱えたまま、ゆっくり進んでみてください。
混乱期の先には、新しい自分が待っています。