呼吸に気づいたら、焦りが消えた

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息ができていない


カウンセリングルームに入ってきたタカシさんは、少し疲れた表情をしていた。挨拶もそこそこに、椅子に座るとすぐに言葉を吐き出した。

タカシ「最近、本当にしんどくて...。仕事が山積みで、気づいたら夜中の2時、3時まで働いてるんです。でも、終わらない。焦るんですよね」

ダイキ「焦る、ですか」

タカシ「ええ。やってもやっても、まだ足りない気がして。気づいたら、夜も眠れなくなってて...。布団に入っても、頭の中でずっと『あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ』って」

ダイキは静かに頷いた。

ダイキ「今、お話を聞いていて気になったんですが...タカシさん、呼吸はどんな感じですか?」

タカシ「呼吸...ですか?」

タカシさんは少し戸惑った表情を見せた。

ダイキ「はい。今、ちょっと意識してみてもらえますか。ゆっくりで構いませんので」

タカシさんは目を閉じて、自分の呼吸に意識を向けた。数秒後、彼は小さく息を吐いた。

タカシ「...なんか、浅いですね。早いというか」

ダイキ「気づかれましたか」

タカシ「ずっと、胸のあたりでしか息してなかった気がします」

「もっと頑張らなきゃ」の正体


ダイキ「タカシさんは今、『焦り』を感じているとおっしゃいました。その焦りって、どこから来ていると思いますか?」

タカシさんは少し考えてから答えた。

タカシ「仕事が...終わらないからです。期限が迫ってるのに、全然進まなくて」

ダイキ「期限が迫っている。それは確かにプレッシャーですね」

タカシ「はい。だから、もっと頑張らないといけないって...」

そう言いかけて、タカシさんは言葉を止めた。

ダイキ「『もっと頑張らないと』...今、その言葉を口にして、どんな感じがしますか?」

タカシ「......しんどいです」

タカシさんの声のトーンが少し落ちた。

タカシ「正直、もう限界なのに、『頑張らなきゃ』って自分に言い聞かせてる感じがします」

ダイキ「限界なのに、頑張ろうとしている」

タカシ「そうです。でも...頑張らないと、ダメじゃないですか」

その言葉を聞いて、ダイキは少し間を置いた。

ダイキ「タカシさん、一つ聞いてもいいですか。今の状態で、もっと頑張ったら...どうなると思います?」

タカシ「......」

タカシさんは黙り込んだ。答えが見つからないような、それとも見つけたくないような沈黙だった。

タカシ「...たぶん、倒れます」

小さな声だった。

警戒モードが解けない理由


ダイキ「タカシさんは、夜眠れないとおっしゃっていましたね」

タカシ「はい。布団に入っても、目が冴えちゃって」

ダイキ「その時、体はどんな感じですか?」

タカシ「......緊張してる感じです。肩に力が入ってて、頭もフル回転してる」

ダイキ「なるほど。それって、ずっと何かに備えている状態に似ていませんか?」

タカシさんは少し考えた。

タカシ「...そうかもしれません。何かミスをするんじゃないかとか、上司に怒られるんじゃないかとか」

ダイキ「つまり、体が『警戒モード』になっている」

タカシ「警戒モード...」

ダイキ「人間の体って、危険を感じると警戒態勢に入るんです。昔、人類が野生動物と暮らしていた時代なら、それは生き延びるために必要な機能でした。でも、現代では...」

タカシ「...敵はいないのに、警戒し続けてる」

ダイキ「そうです。そして、警戒し続けることは、ものすごくエネルギーを使います」

タカシさんは目を見開いた。

タカシ「だから、こんなに疲れてるのに、眠れないんですね」

ダイキ「そうかもしれません。体は疲れているけど、心が警戒を解けない」

呼吸が、今ここに連れ戻してくれた


ダイキ「タカシさん、少しだけ試してみませんか」

タカシ「はい」

ダイキ「今から、一緒にゆっくり呼吸をしてみましょう。目を閉じて、まず息をゆっくり吐いてください。10秒かけて、お腹の底から」

タカシさんは目を閉じた。ダイキも一緒に呼吸を整えた。

ダイキ「吸って...1、2、3、4、5。吐いて...1、2、3、4、5、6、7、8、9、10」

部屋に静かな時間が流れた。タカシさんの肩の力が、少しずつ抜けていくのが見えた。

数分後、タカシさんは目を開けた。

タカシ「...なんか、落ち着きました」

ダイキ「どんな感じですか?」

タカシ「さっきまで、頭の中がぐちゃぐちゃだったのに...今は、少し静かです」

ダイキ「呼吸に意識を向けると、『今、ここ』に戻ってこれるんです」

タカシ「今、ここ...」

ダイキ「焦りや不安って、未来のことを考えて生まれることが多いんです。『これが終わらなかったらどうしよう』『失敗したらどうしよう』って」

タカシ「確かに...」

ダイキ「でも、呼吸は『今』しかできません。だから、呼吸に意識を向けることで、未来の不安から離れられる」

タカシさんは、ゆっくりと頷いた。

「離れる」ことが、実は一番大切


ダイキ「タカシさん、一つ提案があるんですが」

タカシ「はい」

ダイキ「今の状態で、『もっと頑張る』よりも先に、『離れる』ことを考えてみませんか」

タカシ「離れる...ですか?」

ダイキ「はい。仕事から、プレッシャーから、焦りから。少しの時間でいいので、離れる」

タカシ「でも...仕事は待ってくれないですし」

ダイキ「そうですね。でも、タカシさんが倒れたら、仕事はもっと進まなくなりますよね」

タカシさんは、言葉を失った。

ダイキ「『離れる』って、何も全部投げ出すことじゃないんです。たとえば、昼休みに5分だけ外に出て、空を見上げるとか。夜、パソコンを閉じて、呼吸に集中する時間を作るとか」

タカシ「...そういうことなんですね」

ダイキ「ストレスに連続的にさらされ続けると、体はどんどん疲弊します。でも、少しでも離れる時間を作れば、回復のチャンスが生まれるんです」

タカシ「なるほど...」

ダイキ「今日やった呼吸も、その一つです。1分でも3分でもいい。焦りを感じたら、呼吸に戻ってくる」

これから、どうしていきたいですか


カウンセリングの終わりが近づいてきた。ダイキは、静かに尋ねた。

ダイキ「タカシさん、今日のお話を振り返って、これからどうしていきたいですか?」

タカシさんは、少し考えてから答えた。

タカシ「まず...呼吸を、意識してみたいです。焦ったら、立ち止まって、呼吸に戻る」

ダイキ「いいですね」

タカシ「それから...『離れる』時間を作ってみます。昼休みに、少しでも外に出るとか」

ダイキ「できそうですか?」

タカシ「...やってみます。正直、最初は不安ですけど」

ダイキ「不安、ありますよね」

タカシ「でも...このままじゃダメだって、わかってます。だから、やってみます」

その言葉には、少しだけ前を向く力があった。

ダイキ「タカシさん、今日は本当によく話してくださいました。焦りの中にいると、『頑張らなきゃ』しか見えなくなりますよね。でも、実は『休む』『離れる』ことの方が大切な時もある」

タカシ「...はい」

ダイキ「呼吸は、いつでもあなたを『今、ここ』に連れ戻してくれます。忘れないでくださいね」

タカシさんは、深く頷いた。

カウンセリングルームを出る時、タカシさんの表情は、来た時よりも少しだけ柔らかくなっていた。

焦りは、すぐには消えないかもしれない。

でも、呼吸という小さな味方が、彼の中にできた。

それだけで、十分な一歩だった。


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