「食べられない、眠れない」
もし今、そのような状態にあるならば、休職が必要なことは医師でなくても分かります。
医療機関を受診すれば、医師も「今すぐ休みましょう」と告げるはずです。
しかし、現実はそう単純ではありません。休職の判断は、常に個人(本人)の価値観、そして生活の秤(はかり)にかけられます。
休めば確かに心身をリフレッシュでき、自分がどれほど追い詰められていたかに気づくことができます。
その一方で、「社内の評判が下がる」「昇進の道が閉ざされる」という現実的な恐怖が足枷(あしかせ)となります。
お金や世間体を最優先にするならば、耐え続ける道を選ぶのかもしれません。しかし、私たちはロボットではありません。
無理を重ねた先には、いつか必ず決定的な「崩壊」が待っています。
何よりもまず、自分を「大事」にすること。これ以上に優先されるべき大義など、この世に存在しないはずです。
それにもかかわらず、いまの社会にはあまりにも理不尽な構造が蔓延しています。
原因が明らかなパワハラであったとしても、なぜか休んだ側、辞めた側が「悪者」扱いされてしまうのです。
ハラスメントに耐えかねて職場を去った後、退職手続きのために再び会社を訪れたとき、私たちは信じられない光景を目の当たりにします。
そこでは、あれほど凄惨だったパワハラが「なかったこと」にされ、あろうことか、自分が組織を乱した悪者(欠員を生じさせた、辞めたことによって残された社員の仕事量が増えた、等)に仕立て上げられているのです。
この身勝手な隠蔽と歪められた事実に触れたときのショックは、計り知れません。
せっかく回復しかけていた「うつ」の症状は、確実に、そして急激に悪化します。
周囲からは「甘えているだけだ」「嘘をついているのではないか」という、冷酷な疑惑の目が向けられます。
性善説など通用しない厳しい現実の中で、自分の辛さは自分にしか分からず、それを客観的に証明する手立てはありません。
このあまりにも不条理な現実を受け入れ、腹の底から落とし込む(受容する)までには、血を吐くような長い時間が必要になります。
さらに、医療の現場にも限界があります。専門家である精神科医であっても、うつのレベルを明確に数値化することは不可能です。
なぜなら、うつ病の背景には、不眠症や不安障害など複合的な症状が絡み合っており、明確な病名を一つに確定することは極めて難しいからです。
その上、患者側は一番弱り果てているときほど、自分の口から「何を伝えたらいいのか」「どうしたいのか」が分からなくなってしまうという弊害に直面します。
この理不尽な医療の壁を突破し、自分の主訴(分かってほしいこと)を医師に確実に届けるために、私が実践している強力な対抗策があります。
それは、「言いたいことや分かってほしいことを数日かけて文章にまとめ、事前に主治医へFAXしておく」という方法です。
この実践は、診察室という限られた場で、医師と患者の双方に計り知れないメリットをもたらします。
短時間で症状を見極め、的確な手を打たなければならない医師にとって、この事前書類は最高の補助資料となります。
患者側にとっても、診察室を出た後に「あれを言い忘れた」と悔やむリスクを完全に排除できます。
「生きた文章」と「診察時のありのままの姿」。
この二つの証拠を突き合わせることで、医師の判断を強力にアシストできるのです。
もちろん、この方法は事前に主治医の了解を得ておく必要があります。
理不尽な組織や、冷淡な世間の目に傷つけられる必要はありません。
だからこそ私たちは、医療という武器を賢くしたたかに活用し、自らの心と体を守り抜く選択をしなければならないのです。
そのノウハウは、心理カウンセラーの「力量」もあると思います。
沙門蒼俊 合掌