壊れる前に、逃げる。――パワハラと「うつ」の理不尽な現実に抗うために
「食べられない、眠れない」 もし今、そのような状態にあるならば、休職が必要なことは医師でなくても分かります。 医療機関を受診すれば、医師も「今すぐ休みましょう」と告げるはずです。 しかし、現実はそう単純ではありません。休職の判断は、常に個人(本人)の価値観、そして生活の秤(はかり)にかけられます。 休めば確かに心身をリフレッシュでき、自分がどれほど追い詰められていたかに気づくことができます。 その一方で、「社内の評判が下がる」「昇進の道が閉ざされる」という現実的な恐怖が足枷(あしかせ)となります。 お金や世間体を最優先にするならば、耐え続ける道を選ぶのかもしれません。しかし、私たちはロボットではありません。 無理を重ねた先には、いつか必ず決定的な「崩壊」が待っています。 何よりもまず、自分を「大事」にすること。これ以上に優先されるべき大義など、この世に存在しないはずです。 それにもかかわらず、いまの社会にはあまりにも理不尽な構造が蔓延しています。 原因が明らかなパワハラであったとしても、なぜか休んだ側、辞めた側が「悪者」扱いされてしまうのです。 ハラスメントに耐えかねて職場を去った後、退職手続きのために再び会社を訪れたとき、私たちは信じられない光景を目の当たりにします。 そこでは、あれほど凄惨だったパワハラが「なかったこと」にされ、あろうことか、自分が組織を乱した悪者(欠員を生じさせた、辞めたことによって残された社員の仕事量が増えた、等)に仕立て上げられているのです。 この身勝手な隠蔽と歪められた事実に触れたときのショックは、計り知れません。 せっかく回復しかけていた「うつ」
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