悪意。

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コラム
貴方は善人ですか?悪人ですか?
と問われて、「私は皆に良い人と言われます。」「いやぁ、悪人ではありません。」と返事をする人でも、自分にも「悪」の部分はあるよなぁ…、と思いませんか。

私は、自分で「あぁ、あの時、悪意があったなぁ。」と感じる時があります。
ひとつや、ふたつではありません。
気持ちよく自慢している人の上げ足をとったり。
振り返って思い出すとき、そこには偉そうな私と、気まずい表情の相手が居ます。
相手の鼻を折ろうとし、自尊心を叩く意地悪さ。
その後、私は自己嫌悪。
何と未熟な対応をしたことか…。
悪意とは未熟さの表れです。


人は生きていくために、ズルさや意地悪さを身につけていきます
必要以上に泣きわめく子供の心の中には、困らせてやろう・これで自分の意思を通そう…という気持ちがあります。(必要で泣く場合は違いますが。)
上手いこと相手をコントロール出来た時、この子供は泣くことを「手段」にします。けれど、いつまでも通用せず「泣いても知らん。」と放ったらかしにされたら、次の手段を考えていきます。成長するわけです。
次に見つけた手段が、正当な手段なのか歪曲した手段なのかは、その環境や学びの過程で変わってきます。


大人も同じように、自分が未熟な手段(対応)をとったな…と反省したとき、どのような対応だと良かったのだろうか、と考え直すことが出来ます。
心が成長をするチャンスです。
心=精神ですね。


もう一度、お伝えします。悪意は未熟さの現れです。


なので、誰かが自分に対して悪意を示してきた時に、
「なるほど。この人は、まだ未熟な人なんだな。幼稚な行動(言動)をとって私をコントロールしようとしているのだな。」
と、相手と距離を置き第三者的な目線で考えることで、心が楽になることもあります。


自分の悪意に気付き改善したいが、どうしたら良いのか分からない時。
自分が憧れる人を思い浮かべてみてください。
その人だったら、どんな風にするだろうか?
相手を傷付けず、関係を脅かさない手段はどんなものだろうか?
その自問自答で出てきた答えが、自分の中にある成熟した部分です。
成熟した部分すら幼い場合は、良質な映画を見たり、小説を読んだり、誰かに相談するのも良いかも知れませんね。


さて、〝自慢話の上げ足をとる〟未熟さを反省した私は、その後、態度を改めました。
話に付き合うことが苦痛であったり、忙しければ、柔らかに「ゴメンね、今、忙しくて。また今度聞くよ!」と離れる。
わざわざ偉そうに上げ足をとる必要などない、と考え方を改めました。
少しばかり成長しております。
時間がある時は、自慢話にニコニコと付き合います。
「私に自慢話をして、気持ち良いのだろうなぁ。これで、心が満たされているんだろうなぁ。私は良い行いしてんなぁ。」
などと悦に入りながら。
はい、ちょいと未熟さがありますね(笑)
ここの成長は、私にはまだ早過ぎるようです。
なぜならば、反省が湧かないからです( ̄▽ ̄)


悪意は、残念ながらいつの世にもあります。


出来れば振り回されずにやり過ごしたいものです。
それは、他者からの悪意も、自分の中にある悪意も。
ですよね^^



※学校の春休み期間中は、ココナラ活動をお休み致します。
子供たちが生まれてからも、ずっと仕事ばかりでした。
この機会に子供孝行します。
一緒に勉強したり、遊んだり、料理したり、叱ったり叱られたり、笑ったり。
母親としての悔いを払拭します♪
(近々、また改めて告知させて頂きます。)

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