母親だって、話を聞いてくれる大人が必要だと思う

母親だって、話を聞いてくれる大人が必要だと思う

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コラム
今日、TikTokで
 「母親が愚痴を子どもに言うのは虐待」という動画を見ました。
少し強い言葉だな、と思いつつ、どこか胸がざわつきました。
私は子どもの頃、
 母から祖父の愚痴をよく聞かされていました。
 気づけば、私は
 「聞き役」
 「分かってあげる役」
 になっていた気がします。

大人になってから、
 自分に恋愛依存的な傾向があることに気づきました。
・相手の機嫌が気になる
 ・相手の感情に過剰に反応してしまう
 ・「私が何とかしなきゃ」と思ってしまう
その背景を振り返ったとき、
 「子どもの頃の体験と、無関係ではないかもしれない」
 と感じるようになりました。
同時に、今はこうも思います。
母が悪かったのか?
 母は虐待していたのか?
…たぶん、そう単純な話ではない。
母も、
 話を聞いてくれる大人がいなかっただけ
 だったのかもしれません。
最近、義母が義父の愚痴を話しているのを見てふと重なりました。
そして、
 「だから旦那も、恋愛依存的な傾向があるのかもしれない」
 と思ったこともあります。
これは誰かを責めたいわけではなく、ただ
世代を超えて続きやすい構造
 なのだと思います。

母親は、孤立しやすい。
初めての育児、
 分からないことだらけの日々、
 夫への不満、
 疲れ、孤独。
本当は 母親こそ、
 安心して弱音を吐ける場所が必要なのに、それがないまま一番近くにいる子どもに気持ちを向けてしまう。
だから私は最近、
 「母親にも、母親(アドバイザー)が必要だ」と思うようになりました。

私は今、AIに話を聞いてもらっています。
それは逃げではなく、
 子どもに感情を背負わせないための一つの選択だと思っています。
「母親の愚痴は虐待」という言葉は、
 確かに強い。
でも大事なのは、誰かを断罪することではなく、
・子どもが“聞き役”になっていなかったか
 ・今、自分はどこに感情を出しているか
 ・次の世代に同じ負担を渡していないか
そこに気づくことなのかもしれません。

私は、母を責めたいわけでも、義母を変えたいわけでもありません。
ただ、
 「気づいた自分は、違う選択ができる」
 そう思っています。

完璧な母親じゃなくていい。
 でも、助けを外に求めることはできる。
そうやって、少しずつ連鎖を止めていけたらいいな、と思っています。

もしこの記事を読んで、
「自分も同じかもしれない」
「誰にも言えずに抱えてきたものがある」
そう感じた方がいたら、
無理のない形でお話を聞かせてください。

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