なぜ日本では不登校が増えているのか

記事
コラム
―子どもが弱くなったのではなく、学校と社会の変化が見えてきた―

日本で不登校の子どもが増えています。

このニュースを聞くと、つい「最近の子は我慢が足りないのでは」「家庭が甘くなったのでは」と考えてしまう人もいるかもしれません。

しかし、世界中の研究を見ていくと、不登校は単純に「子どもの弱さ」や「親の甘やかし」だけで説明できるものではありません。

むしろ、不登校の増加は、子どもたちの心と学校環境、家庭や社会の変化が重なって起きている現象だと考えた方が自然です。

不登校は、子どもが壊れたサインではありません。今の学校生活が、その子にとって限界に近づいているサインであることがあります。

まず大きいのは、子どもたちの心の負担です。

不安、緊張、抑うつ、対人関係の疲れ、失敗への恐怖。こうしたものが積み重なると、子どもは朝になると体が動かなくなったり、学校のことを考えるだけで苦しくなったりします。

これは「行きたくない」という単純な気分ではありません。「行きたい気持ちはあるのに、心や体がついていかない」という状態です。

特に近年は、コロナ禍をきっかけに生活リズムや人間関係が大きく揺れました。行事がなくなり、友達との関わりが減り、マスクや黙食などで学校の楽しさが失われた時期もありました。学校が「安心して過ごす場所」ではなく、「疲れる場所」として記憶された子も少なくありません。

次に、学校環境の問題があります。

教室が安心できる場所でなければ、子どもは通い続けることが難しくなります。

いじめ、からかい、無視、強い同調圧力、荒れた学級、先生との相性、過度な叱責。そうしたものがあると、敏感な子ほど深く傷つきます。

子どもにとって教室は、ただ授業を受ける場所ではありません。毎日何時間も過ごす生活空間です。そこで安心できなければ、心が休まりません。

不登校の背景には、「学校に行けない子ども」の問題だけでなく、「子どもが安心していられない学校」の問題が隠れていることがあります。

さらに、今の学校の仕組みが、一部の子どもに合いにくくなっていることも見逃せません。

同じ時間に登校する。同じ教室で過ごす。同じペースで授業を受ける。同じ評価を受ける。集団の中でうまく振る舞う。

この仕組みに合う子もいます。一方で、音や人の多さに疲れやすい子、発達特性のある子、深く考えすぎる子、興味の偏りが強い子、集団より一対一で力を出す子にとっては、大きな負担になります。

その子に能力がないのではありません。その子に合う学び方が、学校の中に用意されていないだけかもしれません。

世界の研究でも、学校に行けない背景には、本人の不安だけでなく、学校とのミスマッチや支援不足が関係すると考えられています。つまり、不登校は「本人を変えれば解決する問題」ではなく、「環境をどう変えるか」という問題でもあるのです。

家庭や社会の変化も関係しています。

共働き、ひとり親家庭、経済的不安、保護者の疲労、地域のつながりの弱まり。こうした中で、家庭だけで子どもを支えることが難しくなっています。

不登校の保護者は、決して何もしていないわけではありません。むしろ、多くの保護者は必死に悩んでいます。

朝、起こすべきか。休ませるべきか。学校に連絡するべきか。勉強はどうするのか。将来は大丈夫なのか。

その不安を抱えながら、毎日子どもと向き合っています。

だから、不登校を「家庭の責任」と決めつけることは、あまりに乱暴です。必要なのは、家庭を責めることではなく、家庭を孤立させない支援です。

また、不登校が増えている背景には、社会の価値観の変化もあります。

昔は、どれほどつらくても「学校には行くものだ」とされていました。子どもが苦しんでいても、無理に登校させることが当然だった時代もあります。

しかし今は、子どもの心の健康や安全を重視する考え方が広がっています。

「無理に行かせて壊れるくらいなら、いったん休ませる」「学校以外の学び方も考える」「子どもの状態に合わせて支援する」

こうした考え方が広がったことで、以前なら見えなかった不登校が、社会に見える形で表れてきたとも言えます。

これは、悪いことばかりではありません。

これまで我慢して傷ついていた子どもたちの声が、ようやく見えるようになってきたという面もあるからです。

不登校の増加は、子どもが弱くなったからではありません。

子どもたちが抱える苦しさが、以前より見えやすくなった。学校の一斉型の仕組みに合わない子が増えていることが明らかになった。心の健康を守るために、登校以外の選択肢を考える家庭が増えた。社会全体が、子どもを無理やり学校に合わせるだけでは限界があると気づき始めた。

そう考えるべきではないでしょうか。

大切なのは、不登校を「問題児の増加」と見ることではありません。

不登校は、教育の側に問いを投げかけています。

子どもたちは安心して教室にいられているのか。一人ひとりの特性に合った学び方はあるのか。つらいときに休める仕組みはあるのか。学校以外にも学びの道は用意されているのか。保護者は孤立していないか。

不登校の子どもに必要なのは、「早く戻りなさい」という圧力だけではありません。

「あなたが安心できる学び方を一緒に探そう」「学校に行けない日があっても、あなたの未来は終わらない」「今は回復する時間かもしれない」「あなたに合った道は必ずある」

そう言ってくれる大人の存在です。

不登校が増えている今、私たちが考えるべきことは、子どもを責めることではありません。

学校のあり方を見直すこと。家庭を支えること。子どもの心の声を聞くこと。そして、学びの選択肢を広げることです。

学校に毎日通える子もいる。少人数なら学べる子もいる。オンラインなら力を出せる子もいる。家庭で回復してから動き出す子もいる。好きなことから学び直す子もいる。

子どもの育ち方は、一つではありません。

不登校の増加は、日本の教育が失敗しているという単純な話ではありません。しかし、今の教育がすべての子どもに合っているわけではない、という大切なメッセージではあります。

子どもを学校に合わせるだけの時代から、子どもに合った学びを考える時代へ。

不登校の増加は、その転換点を私たちに知らせているのかもしれません。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら