点の上に、線を引く

記事
コラム
事実と想像の混同
多くの人は、恐れを事実と混同しながら生きています。



実際に起きている出来事と、頭の中で組み立てた未来の予測を、同じ重さで扱ってしまう。
この混同が、日常の不安の大半を生みます。



たとえば、

今、パートナーがいない。これは事実。
この先もずっと一人かもしれない。これは「線」を勝手に引いた想像。



試験に落ちた。これは事実。
この失敗が一生を台無しにする。これは想像。



事実と想像は、性質がまったく違う。
それでも人は、想像に「事実以上の重さ」を与えてしまう。

恐れの正体は、出来事そのものではありません。
出来事に付け足された、限られた連想です。





人は「分からない」に耐えづらい。
先の見えなさを埋めるために、最悪の筋書きを先に描く。



備えのつもりで描いた最悪の筋書きは、

防御ではなく、今の安心を削る行為になっていないか。
用意した物語は、現実への準備というより、

緊張を長引かせる装置になっていないか。





未来は、今この瞬間にも更新され続けています。
そして、どんな出来事が起きても対処するのは、

常に「その時点の自分」です。


未来にいない自分が、先回りして処理することはできません。



事実だけを見れば、今この瞬間に「対処不能」な問題は案外少ない。
不安の多くは、まだ起きていない場面を、

頭の中で何度も起こしているだけです。



恐れがあること自体は、これまでに何かを経験してきた証拠でもあります。
そして多くの場合、やり過ごしてきた経験も、すでに手元にある。



未来に気を取られるほど、今に注げる力が薄くなる。
だから、今起きている出来事に全力を出す。



混同は、長い時間をかけて染み込んだ習慣です。
ほどけるとしても、たいていはゆっくり進みます。



これまで「最悪の予測」は、どれだけ現実になりましたか。
当たったとしても、対処したのは「その時点のあなた」だったはずです。
次に対処するのは、未来のあなたです。
2AFB9471-EAAD-45FF-BBE4-97BFBC1C80D1 (1).jpg

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら