誰にも触れられていないのに、触られていないから、
心がすり傷だらけになってしまう。
正論に刺され、既読の点に沈み、息が苦しい。
怒りは、願いが届かなかったとき表に出ます。
差し出した手が空を掴んだ瞬間に心は叫ぶ、声にならなくても。
「わかってほしい」「気づいてほしい」「謝ってほしい」
要求する自由はあります。
ただ、その自由には期待が外れるかもという代償がもれなくついてくる。
代償を払うたび、心の中は揺れ動きます。
「要求しない」とは、黙り込んで我慢することではありません。
想いを伝えることはできる、というかしてください。
ただ、返事に心を傾けない。
願いを差し出しても、握りしめて押し付けるものではないですよね。
——届くかどうかは、風まかせ。風を責めても仕方ない。
自分の歩幅を守る
他人の足音に合わせて走らないこと。
他人の成功に焦ってペースを乱さないこと。
体調が落ちる日は予定を減らし、感情に間をあけること。
自分の歩幅で歩くと、見落としていた空の色が戻り、
胸の奥の小さな声がようやく聞こえてくる。
もちろん、期待を手放すのは簡単じゃない。
期待は、愛や信頼の裏返しでもあるからです。
だから、少しずつ。
今日、ひとつだけ。
その機会は日常にいくらでもあります。
・電車でぶつかった人に「謝ってほしい」。叶わないと、胸が熱くなる。
・職場で「ちゃんと評価してほしい」。報われないと、自己否定が顔を出す。
そして—— たとえば、家族に「もっと気遣ってほしい」と思う。
「謝らせる」かわりに、自分の機嫌をそっと拾い上げる。
「わからせる」かわりに、伝えて、風に任せる。
それが静けさに変わるかは、わからない。
でも、何かを手放したその先でしか、自分の声は聴こえてこない。
誰にも要求しない心持ちがあれば、私がどうしたいかが聴こえてきます。