瞑想と気づきと寛ぎと

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瞑想とは

ただ目を閉じて

静かに座ることではない



瞑想とは

内側に起こる

あらゆることの

観照者となることだ



それは

ただただ見守ることを

ただただ観照することを

意味する



けれども

マインドは狡猾だ

観照者とは

マインドの一つの姿

にすぎない

あなたが行為者である限り

マインドの域を出ることはない



マインドは

瞑想すら利用しようとする

マインドは

瞑想を通して

エゴを変化させようと

試みる



あなたが

瞑想を通して

自身の変容を願う時

あなたが

観照者として

苦悩からの分離を願う時

マインドは

瞑想を乗っ取る



観照者に

目的と目標が生まれる

観照者に

ゴールを目指してしまう



これはもう観照者ではない

これでは瞑想ではなくなる



けれども

この動きは自動的に

マインドによって起こされる

だから

それを阻止しようとすれば

あなたはマインドに

巻き込まれてしまう



これを理解することだ



何が起きようと

何も起きなくても

あなたは

ただ観照者として

見守る以外に手はない



ただただ見守る

ただただ観照する

どこへも向かわず

何も求めず



その時

あなたから

緊張が消える



どんな状況であろうと

どんな状態であろうと

戦わないことが

変えようとしないことが

あなたに寛ぎをもたらす



緊張とは闘いだ

緊張とは挑戦だ

緊張とは抵抗だ



明け渡し

見守り

受取る



リラックスにしか

それは出来ない

寛ぎの中でしか

それは起きない



だが絶対に

寛ごうとしないことだ

リラックスしようと

試みないことだ



とてもパラドクシカルな表現だが

あなたが寛ごうとする時

あなたの中に緊張が生まれる

あなたがリラックスしようと

努力するときに

抵抗が生まれる



それらもすべて

ただ見守ることだ

何が起きようと

巻き込まれずに

抗わずにただ観る



分析も分類も必要ない

それらに名前すら付けなくていい



ただそれらの目撃者でいる



観照者として

あなたに観ることが出来るなら

それらは全て例外なく

あなた自身ではない



あなたの本性は

あなたの真我は

見ることが叶わない



あなたに観ることが出来る

ありとあらゆるものは

あなた以外の誰かだ

あなた以外の何かだ



だから

自分ではないものを

変えようとしてはいけない

それには

とてつもない努力が必要だ



だが

その努力は

あなたの本性には届かない

その努力は

あなたの中にいる

大勢の他人の一人を

入れ替えているだけにすぎない



これが

どれほど不毛なことか

あなたにも理解できるはずだ



あなたのこれまでの努力は

すべて他人を入れ替えるために

使われてしまっていた



あなたに出来る

唯一の方法こそ

リラックスしようとだ

寛ぐことだ



何も変えようとしない

何も抑えようとしない

何も助長しようとしない



これが一元性だ



敵でもなく味方でもなく

手伝わず邪魔もせず

否定もせず肯定もせず

賛成もせず反対もしない



それが観照者としての態度だ



あなたが一元性に

中立であり続けた時

そこにリラックスが生まれる

そこに寛ぎがある



観照者に偽装した

マインドに騙されない

観照者を行為者にしない

観照者に審判させない



これが瞑想のコツだ

これこそ変容の極意だ



LOVE  Charam

4明け渡し.jpg

OSHOトランスフォーメーションタロット

No.4 明け渡し

あなたを行為者にしない

あなたが成すのではない

あらゆることが

あなたを通して為されている

それを理解することだ

あなたの行為を存在に明け渡す

あなたのマインドを神へ委ねる

それが明け渡しの意味だ

だからまず

行為することを止める

そのために瞑想はあるのだ

行為する者を見守る

その観照者を体験する

それが瞑想の目的だ

観照者は行為しない

観照者はただ見守る

ジャッジせずに介入せずに

それは神への扉のカギだ

それこそが寛ぎの始まりだ



LOVE  Charam
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