喜びを与えてくれるものには 徳がある

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占い
サニヤシンでミュージシャンの

Sw Prem Sheel が文字起こししてくれた

インドの神秘家和尚OSHO講話集

「こころでからだの声を聴く」より抜粋

を下記に転載する



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自分自身を

*苛(さいな)む   [ *苦しめ悩ますこと、いじめること]

もしくは

他人を苛むことは、

両方とも病気だ



苛むという考えそのものが病的だ



アドルフ・ヒットラーのような人は

他人を苛む

マハトマ・ガンディーのような人は

自分を苛む

両者とも

同じ船に乗っている



背中合わせに

立っているかもしれないが

それでも

同じ船に立っている



アドルフ・ヒットラーの喜びは

他人を苛むことにあり

マハトマ・ガンディーの喜びは

自分を苛むことにあった



両者とも暴力的だ



理屈は同じ

彼らの喜びは

苛むことにあった

方向性は異なるが

方向性は問題ではない

彼らのマインドの姿勢は同じ

すなわち苛むことだった



あなたは

自分自身を苛む人を尊敬するが

それはからくりを

理解していないからだ



アドルフ・ヒットラーは

世界中で非難され

ガンディーは崇拝されている

私は当惑するばかりだ

どうしてそんなことが

あり得るだろう?

理屈は同じなのだから



ガンディーは言う

「味わう為に食べてはいけない

味わうことは許されてはならない

喜びとしてではなく

義務として食べなさい

生きる為に食べなさい

それだけだ」



彼は食べる喜びを

ありふれた仕事の世界に

貶(おとし)めてしまった



「娯楽として食べてはいけない」と



覚えておくといい

動物はそんな風に食べる

彼らはただ食べる為

ただ存在する為

生き延びる為に食べる



動物が食事を楽しんでいるのを

見たことがあるかな?

全く踊ったりすることはない

人間だけが

食べることを

大掛かりな祝宴にする



また他の事柄についても

ガンディーの態度は同じだ



ガンディーは言う、

「子供が欲しい時だけ

愛を交わしなさい

さもなければ

愛を交わさないこと 

愛を生物的なものにしなさい

食べることは生き延びる為

愛することは

種を残す為に限定すべきだ

楽しみとして

愛を交わしてはいけない」



それが

動物達のしていることだ

イヌが愛を交わしているのを

見たことがあるかな?

イヌの顔を見てごらん

ちっとも楽しそうに見えない

一種の義務感だけだ。

イヌはそうしなければならない。



何かが内側から彼に強要する

生物的な衝動が

愛を交わす瞬間

イヌは愛する相手を忘れる



彼はわが道を行き

礼すら言わない

終わった

仕事はおしまいだ



人間だけが

楽しみの為に愛を交わす

その点で人類は

動物よりも高い位置にある

人間だけが

楽しみの為に愛を交わす

ひとえにその喜びの為に

その美しさの為に

その音楽と詩情の為に



だからピルは

この世で最も偉大な

革命のひとつだと私は言う

なぜなら

それは愛の概念全体を

完全に変えたからだ



今や

ただ喜びの為に

人は愛することが出来る

生物的な隷属のもとに

いる必要はない

子供が欲しい時だけ

愛を交わす必要もない

今やセックスと愛は

完全に分離している



ピルは大きな革命をもたらした

今やセックスはセックス

愛は愛だ

生物的である時

それはセックスだ



ふたつの身体が出逢う

美しい音楽がある時

互いに巻き込まれ

互いの中に消え去り

互いの中に失われ

全く新しい次元の

リズムとハーモニーに落ちてゆく

オーガズミックな体験がある時

それは愛だ



子供の問題も

生物的な力に左右されることも

何もない



今、その行為そのものが美しい



それはもはや

いかなる目的の為の手段でもない

これが愛とセックスの違いだ



何らかの目的の手段である時

それは仕事だ

目的と手段が一緒になっている時

それは遊びだ

手段そのものが目的である時

それは遊びだ

遊びには目的がない



食べる楽しみの為に食べなさい

そうすればあなたは人間であり、

より高次の存在だ



愛の喜びの為に愛しなさい

そうすれば

あなたはより高次の存在だ



聞く喜びの為に聞きなさい

そうすれば

あなたは本能という檻から

解放される



私は幸福に反対しない

幸福には大賛成だ

私は快楽主義者だ



私の理解によると

世界の優れた

スピリチュアルな人々は

みな常に快楽主義者だった

快楽主義者でないのに

霊的なふりをしている人は

霊的ではない

彼は精神病だ



なぜなら幸福こそ

あらゆる物事の終着点であり

源泉であり

目的に他ならないからだ



神はあなたを通して

無数の形の幸福を探している

可能な全ての幸福を神に許し

幸福のより高い頂

より高い到達点に

神が至るのを助けなさい



その時

あなたは宗教的だ

その時

あなたの寺院は祝祭の場となる



あなたの教会は

墓場のように

悲しく、醜く、陰鬱で

活気のない場所になることはない



その時

そこには笑いがあり

歌があり

踊りがあり

大いなる歓喜があるだろう



宗教の本質とは

喜びに他ならない

だから何であれ

あなたに喜びを与えてくれるものには

徳がある



何であれ

あなたを悲しく

不幸にし

苦しめるものは罪だ

それを基準にするといい



インドの神秘家和尚OSHO講話集

「こころでからだの声を聴く」より抜粋



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