個性としての発達障害

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発達障害と言っても
人それぞれ千差万別で
一括りにはできないらしい
私自身
その専門家でもなければ
専門医でもない
ただ
それらの発達障害を
世間の常識や
一般社会のルールによって
照らし合わせるようなことは
決してしない
ここに
自身も発達障害であり
それを公にしている
小島慶子さんのエッセイがある
小島慶子さんがふり返る自身の幼児期、
「発達障害が知られていなかった時代の親のしつけ」
このタイトルで検索可能なはずなので
まずはこちらを一読していただきたい
現在では
かなり広く知られるようになった
発達障害という言葉だが
彼女の幼少期には
まだまだ一般的ではなかった
そして
彼女の発達障害は
脳の機能的な問題としてではなく
本人の努力不足、注意力散漫など
本人の責任であり
それは躾や教育を通して
改善されるような誤った認識を
多くの人が持っていた
現在でも
それは色濃く残っている
本人が怠惰なのか
やる気がないのか
それとも
発達障害であるがゆえに
そうなるのか
その区別は
素人ではなかなか難しい
だが
数度注意をしても
まったく改善が見られない
本人もそれに対して
改善しようと努力はしているが
まったく成果が上がらない
そういった場合は
発達障害を疑ってみるべきだ
こと日本人は
努力だ根性だ気合だと
精神論に走りがちだ
明治維新から
脈々と続く国民洗脳が
今もまだ続いている証だ
子供たちの
教育現場における
行進や気を付けなど
正に軍事教練そのもの
そしてそれが
日本人としての
根本的な条件付けとして
深く私たちのマインドに根付いている
やれば出来る
頑張ればなんとかなる
努力は報われる
そんなことは絶対にない
和尚禅タロットのThe deram
を実体験しているのだ
努力では
どう頑張っても補えない
そして
補う必要すらないものを
社会は要求してくる
けれど
出来ないものは
出来ないのだ
ならば
出来る人が
それをやればいい
出来ない人は
出来ることをやればいい
それが個性だ
すべての人間には
得手不得手があり
出来ることと
出来ないことがあるのだ
出来ないことを
無理をして努力して
失敗するより
出来ることを
やって楽しめばいい
けれど決して忘れてはいけない
出来ないことは
あなたの人格とは
まったく関係ないのだ
あなたが
何かを得意とする
それと同じように
不得意というものもある
それを個性と言うのだ
その得意とするものが
人の役に立とうが立つまいが
そんなことは関係ない
あなたのその得意は
存在が求めているものだ
あなたのその得意は
存在が欲しているものだ
その不得意は
あなたではない誰かが
きっとカバーする
だから
あなたはその得意なことを
その得意だけを精進すればいい
それがあなたの個性だ
それが存在が求めたものだ
そのままのあなたこそが
存在の意思そのものなのだから
ネオファミリーコンステレーションは
あなたの得意を見つけてくれる
ネオファミリーコンステレーションは
あなたの不得意との仲を取り持つ
ネオファミリーコンステレーションは
あなたがあなたでOKだと見せてくれる
ネオファミリーコンステレーションは
あなたの全てを肯定してくれる
LOVE Charam
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