面白くできないかを問い続ける
飽きない工夫とは、実はとてもシンプルで、「面白くできないか?」と問い続けることに尽きる。そう考えると、日常のあらゆることが面白くなるのだと思う。
例えば、創作でも日々の仕事でも、同じ作業を繰り返すうちに「またこれか」と思う瞬間がある。そのとき、僕は試しにいじってみる。「このやり方じゃなくて、別の方法は?」「少し違う視点でやってみたら?」そんなふうに考える。それだけでも、少し楽しくなる。
例えば、それはITやAIを使って新しいやり方を試しでもなんでもいい。無理なら無理でいい。擬似的にプロトタイプを作ってみたり、100個アイデアを出して1個でも通れば御の字。正直そんな職場はなかなかしんどいけれど、環境次第で可能性は広がる。
日常に遊びを仕込む
家事や育児も、放っておくと単調になってしまう。でもそこに遊びの要素を入れるだけで変わってくる。
例えば、音楽を聴きながら掃除してみる。カラオケの練習だと思って、全力で歌いながら洗濯物を干す。一緒に子どもと遊び倒す。時間なんて気にせず、本気で遊んでみる。もちろん、やり過ぎてヘトヘトになることもあるけれど、その「やり過ぎ」すら楽しいと思えたら勝ちだ。
「ゲーム化」と言ってもいいし、「楽しみ化」でもいい。言葉はどうでもいい。自分にしっくりくるイメージと感覚、それが大事。
飽きは「面白くなさ」の蓄積
飽きるというのは、面白くなさが積もっていく状態だと思う。たとえば10回同じことをやって、8回がつまらなかったら、それはもう飽きているということ。なんだ、当たり前じゃないか、と言われればその通り。
その当たり前に目を向けているか。けっこうしんどいかもしれない。目をそむけてもいいけど、たまには見てみるといいのかも。
だからこそ、「どうやったら面白くなるか?」と自分に問い続ける。というか、問いつつやってみるという感じが近い。
毎回がうまくいかなくても、頻度が上がれば飽きの沼から抜け出せる。そうやって問いながら遊んでいく。それができれば、仕事も学びも遊びも、きっと同じものになるんじゃないかと。
そうやって飽きてないな、楽しいな、面白いなは常に燃料を入れてガンガンでなくてもいいので、少しずつ火を絶やさぬようにやっていくことなんじゃないかなと。