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決められた枠で工夫する縛りプレイという面白さ

こんにちは!みそです!学校や社会の納得出来ないルールに囚われたくない みんなと同じが嫌 など、たまに聞くことがあるのですが 個人的には決まったルールの中で いかに自分らしく楽しむかが大事だと思っています^^ゲームとかで手練れがやる 縛りプレイみたいなイメージ(笑)この状況環境 自分の今の能力でどう攻略するか・・・! という面白さと言いますか^^足りない部分 もっとこうしたいという部分が見つかったら それを会得できるように精進して 経験値を上げる面白さ上手くクリア出来た時の達成感は、自分頑張ったじゃん!って思える とてもいい気持ちにさせてくれるものだと思っています^^ルールを外れる事は簡単に出来るけど それを理性で整えて 自分の生活にどう落とし込んで楽しむか サッカーで手を使ってボールを運ぶのではなく 手を使ってはいけない というルールがあるからこそ 素晴らしい足捌きやプレイに感動するのかなぁって^^周りの人や環境に文句を言いたい時もありますが、与えられた環境 手札で どう面白がるか というのもまた一興だと思いました^^後者の方が ストレスもないですからね(笑)
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飽きるを遊びに変える

面白くできないかを問い続ける飽きない工夫とは、実はとてもシンプルで、「面白くできないか?」と問い続けることに尽きる。そう考えると、日常のあらゆることが面白くなるのだと思う。例えば、創作でも日々の仕事でも、同じ作業を繰り返すうちに「またこれか」と思う瞬間がある。そのとき、僕は試しにいじってみる。「このやり方じゃなくて、別の方法は?」「少し違う視点でやってみたら?」そんなふうに考える。それだけでも、少し楽しくなる。例えば、それはITやAIを使って新しいやり方を試しでもなんでもいい。無理なら無理でいい。擬似的にプロトタイプを作ってみたり、100個アイデアを出して1個でも通れば御の字。正直そんな職場はなかなかしんどいけれど、環境次第で可能性は広がる。日常に遊びを仕込む家事や育児も、放っておくと単調になってしまう。でもそこに遊びの要素を入れるだけで変わってくる。例えば、音楽を聴きながら掃除してみる。カラオケの練習だと思って、全力で歌いながら洗濯物を干す。一緒に子どもと遊び倒す。時間なんて気にせず、本気で遊んでみる。もちろん、やり過ぎてヘトヘトになることもあるけれど、その「やり過ぎ」すら楽しいと思えたら勝ちだ。「ゲーム化」と言ってもいいし、「楽しみ化」でもいい。言葉はどうでもいい。自分にしっくりくるイメージと感覚、それが大事。飽きは「面白くなさ」の蓄積飽きるというのは、面白くなさが積もっていく状態だと思う。たとえば10回同じことをやって、8回がつまらなかったら、それはもう飽きているということ。なんだ、当たり前じゃないか、と言われればその通り。その当たり前に目を向けているか。けっこうしんどい
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アイデアは「面白がる」から生まれる

アイデアを生み出す原点。大げさな方法論や複雑なテクニックではなく、日々の「面白がる」という姿勢から始まります。何かに気づき、それに心を動かされ、それを誰かと共有したり、形にしてみたりする。このシンプルな循環が、アイデアの核を育てていくという話です。面白がるための視点を広げるアイデアが豊かな人には共通して、関心領域が広いという特徴があります。興味を持つ範囲が狭いと、どうしてもアイデアは単調になりがちです。例えば、趣味や仕事に関連する話題だけに興味を持つと、その中での発見は限定され、似たようなアイデアしか生まれません。しかし、関心を異なる分野に広げると、それまで結びつかなかった点と点がつながり、新しい組み合わせが見えてくるものです。具体的には、普段触れないジャンルの本を読んだり、意識的にこれまで縁のなかったイベントに参加したりすることが効果的です。また、知識を得るだけではなく、誰かと話してみたり、自分の視点で整理してみることも重要です。こうして関心を広げ、インプットを増やしていけば、自然とアイデアの幅も広がります。「面白い」を試す行動力「面白い」と感じたことを、心の中にしまっておくだけでは不十分です。大切なのは、それを試してみること。行動に移すことで初めて、アイデアが具体性を持ち始めます。たとえそれが小さな行動であっても、そこには新しい発見が潜んでいます。例えば、気になった本を一冊買ってみる、見たことのないジャンルの映画を観てみる、聞きたいことがあれば直接誰かに質問してみる。こうした「やってみる」という行動が、アイデアの可能性を広げるきっかけになります。すべてを実行する必要はありま
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面白がるとか好奇心は結構学ぶのが難しい?

自然で勝手に好奇心が生まれていくかというとよくわからないです。少なくとも、何か「これなんだろ」というのを止めないこと。または止められない環境にあることが大事かなと。多分子供とかなら、世界が未知なのでなんでも食べようとするし、触ろうとしますよね。そこを教育していく。すると、ルールとか学んでいくところで、色々規制が入る。これをやっちゃだめ、あれをやっちゃだめ。まあルールは大事ですけど、全部そうだと、新しい概念や体験ができないですからね。このバランス僕もどこにしたらいいかは結論はないです。一つは身体に聴けと。スピリチュアルとかでもないんですが、自分がこれ「面白い」とまさに直観で感じているのに、それを「ルールだからやめよう」とかだとちょっとというか大分まずいというか。その直観キラーをやりすぎると、最後はうつになると思います。または好奇心が全くない人間が育つというか。そういう人からはなかなか新しい視点とか、チャレンジは生み出しづらいでしょう。だから、そうでない、つまり身体に聴いて「これ面白い」なと感じることを殺さないことですね。やったほうがいいことは保留しておいていつかやる。なるべく早いほうがいい。人生は有限ですから。日常でもあるなんだろこれ?を殺さないある種判断の保留といってもいいと思います。最近コンビニではメロンパンを推す広告が出ているのでなんだろなと思ったら、どうも各社競っているようです。なんでメロンパン?というと、まあ原価も安く開発しやすい・・・とは書いてなかったと思うのですが僕は仮説でそうしています。意外に未開拓だなと。とはいえ、バリエーションとか、どうせ「メロンパン」でしょ=
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やっぱり”会話”は最高のインプットだった件

発想力を磨くとき心掛けたいことがある。 それは「上質なインプット」をすること。 理想はインプット20%で アウトプットが80%の割合。 人がジャンプしようとする時と同じ。 ジャンプという行動をするために 誰でも勢いをつけるために一度かがむでしょ? それが”インプット”! そしてジャンプそのものが”アウトプット”。 しっかりかがんでいれば ベストな高さまで飛ぶことができる。 上質なインプットができると 心地良いくらいのアウトプットが実現する。 または思いもよらなかったアイデアが出てくることも。 だから日頃から 直観で「いいな♪」と思った情報、 新しい学びにアンテナを立てているだけで 予想以上の表現ができたりするから侮れない。 ちょうど昨日も ”最高のインプット”が叶った。 あるオンラインサイト内をきっかけに Aさんに出逢ってパワーをもらった。新たな人との出逢いがあると その人生経験、価値観、やりたいこと、達成したい夢。。。 そして、その人から感じ取れるオーラみたいなもの。 すべてがインプットの要素となる。 Aさんは、 各地で旅をしながら オンライン(ときにはオフライン)で 顧客の悩み相談に耳を傾けたり アドバイスをしたりしているという。 一見すると コンサルティングみたいだけれど でもコンサルほど固いものではなく もっとフランクで雑談まじりの 気軽な場所なんだと思う。 そんな空間作りが上手な彼女は この活動を「趣味の1つだ!」と言っている。 だから「楽しくて仕方がない!」とも。 ”楽しい活動=メリットしかない” という感覚の活動を 20代でできている逞しさに正直感動した! 私は3
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