ノリと勢いで自己啓発系のネタを書いています。
あ、ここの記事ではなくてですね。
そうやって書いていたら修造先生ではないですが、なんか励ましている、ポエミーな感じになっていました。でもなんかこれいいなと。新しいキャラクタが爆誕したのを垣間見た感じですね(笑)
それと全く関係ないんですが、今回は学び力みたいな話です。
どんなものからも学べる前提でいく
学びが上手い、学習が速い人というのは、なんでも学んでいると思います。
好奇心があるとか、頭の回転が速いとかってこともあるのですが、それは元からでなくて、何度もやっているか、常にやっているから。そりゃ寝るし休むのですが、それでもしっかりやっている。
どんなものというのがポイントです。
最近、ひどいなこのコンテンツ!というものに遭遇したんですよ。
でも、明らかにレビューもおかしい(笑)もうそれだけで察し・・・なんですが、それでも学べることはないか?
そうです。メタ認知ですね。
「学べないことが学べた!!!」ってことですね。
ヤケクソみたいなものですけど、でもそれでも「学べないクソだ!」なんて吐き捨てるよりも、僕はクールだなと感じました(笑)
それは大げさですけど、これ粗いなとか、これはざっくりだなという、そういうアラが目立つとするじゃないですか。
でも、そういうところでも何か学べない?その姿勢がめちゃくちゃ大事じゃないかなと。
学ぶのは僕であり、あなたなのだ
仕事ではないですけど、学びって何かを読む側、見る側がやることじゃないですか。
それは当然教える側が悪い説明とか、順序だってないとかあると思いますよ。
それは踏まえたうえで、結局残るのって、
動画なら動画で見たもの全てで、本なら文章全てで。
商品としてみると、それ見た自分が、あなたがですよね、そこで理解するか、何を学び取るかだけなんですよね。本当に。
だから、1mmでも学ぶ。それだけです。それだけなんですね。
色々言いたいのは分かるし言ってもいいこともある(笑)だけど、多くはそこまででないので、1mmでも学んで「良かったです」というのがクールだなあと。あ、あくまで僕がそう思っているだけで、そう思わない方もいるとは思いますよ。
当然学べるものからはより学ぶ
逆に学べるような、学びやすいものがあったとするじゃないですか。
それがあればより学べるということで、学びがどんどん増すわけですね。
・学び度が低いものがある→そこからでも学ぶ、絞り出す。
・学び度が高いものがある→より学んでより高める。
そんな感じです。
この姿勢でどんどん学ぶと、インプットが洗練されていくか、微妙なインプットも、アウトプットであら不思議みたいな感じで浄化されます。
むしろ、駄目だなと思うものに当たるからこそ、良いものの価値も分かるわけです。
どんどん学んでいきましょう。