ある記事を読んでいてふと思ったので。
アイデアや企画が苦手という人向けです。
企画が苦手な人は「普段」から企画して「ない」わけじゃない
まずこれです。日常で企画ってしてるんですね。えって思われた方はそれだけで書いた意味があります(笑)
あなたが会社員だとします。朝起きて、会社に通う。そういうときって、会社にいくことを決めてるし、未来は会社の職場にいて、そこで仕事することですよね。容易に予測できるから意識してないかもしれません。
ですがここで「何かしらトラブルがあり、電車が動かない」としましょう。どうしますか?多くの人はここで「会社に連絡する」とか「代替手段を考える」とかを考えます。これって慣れているからでしょうか?多分初めてでも何か考えますよね(できるかどうかはおいておいて)。これも企画です。
今日の昼何を食べるかとかもですし、同僚と話をして面白いネタあるよーとか、この話したかったわーというのも企画です。
企画だらけです。
ここまででそれは「企画」じゃないでしょという人もいるんじゃないかと。その気持ちだけは察しますが、ただ企画なので(笑)気持ちだけとなります。
おそらくその主張はこうではないですか?
「企画とは、自らの日常生活においてとくにプライベート的な、業務ではないところでの話ではない。つまり、商品企画や記事企画や事業企画など、そういうカチっとしたものだ」ということを主張されるのではないかと。
これが完全に間違いというわけではないのですが(気持ちとして)、ですが、企画をやるとか、企画を考えるとは、「企画らしい」企画をやるだけはないんですよね。むしろ、「企画ではない」企画をやるからこそ、企画になるというか。
実際には僕の視点ではプライベートも仕事も関係なく、分断はないです。分断というのは分けるということです。シンプルに日常を楽しんでいる人でないと、面白い企画はできないとすら思うからです。「苦しい、もう嫌だという中で出来たものって楽しいのですかね?」というところです。労働環境が大変とかそういうことはややずれるので一旦そこらへんは保留します。
なぜこんなことが起きるのか?
今回の僕の主張は、なんでこんなことが起きるか?として、抽象化じゃないかと思いました。
つまり、
・日常でデートのために身体を鍛える→これは趣味であり、自分の話でありプライベート
・会社でオウンドメディアで記事ネタを考える→これは仕事であり、仕事の話である。
というように、自分のプライベートと仕事を分けて考えていると。それが悪いのでなく、そうしているために、つながらないんですね。
つながるとは、
・自分のプライベートの話が、体を鍛えることをしていて、それが仕事の記事ネタになる
というようなことです。これはめちゃくちゃ具体的で枝葉なのですが、わかりやすいかもしれないです。
ただ、これは具体化なので、抽象化ではないかなと。
ここで、抽象化されるといいという期待は、
・身体を鍛えること→自分の人生をメンテする くらいまで高めると
・オウンドメディアで記事を書くネタ→メンテナンスという視点で書く
というところで「メンテナンスをする」という視点や共通項が得られました。無理やりかもしれませんが、そこまでひどい話ではないと僕は思います。
自分の身体を鍛えるというのが「とても自分の生活の話でありプライベート」だと思っている人は一生、メンテナンスという切り口で、仕事で記事を書くことができないのではないかと。
逆に出来る人は「メンテナンスしている」から、「記事もそれでいくか、あとは少し変えてみて」ということができる。
まとめると、
個々の生活、あなたの生活での体験や経験を、または日々得られることを具体化のままでなく「抽象化」して得ていること。それを仕事で使うこと。
というのが圧倒的に足りてないのでは?という話です。
それならば具体化のみでいいのでは?という人は良い質問です!
これって
・プライベートの具体性→抽象化→仕事での記事作成での具体化
というような段階を踏んでます。カンの良すぎる人はこれがまさにアイデア発想であると思ってくれるかもですが、そのとおりです。
では、「抽象化」なんてなくて、「具体化」→「具体化」でいいのでは?と思う人もいるかなと。その抽象化プロセス要らないのではと。
分からなくないのですが、多分、人は具体で扱う方が楽で、そのイメージだけで抽象化の方向はいかないんじゃないかと思います。何を言っているかというと、身体を鍛えるイメージをより細かく見ていくと、どういうジムでどういうトレーニングで何のためにやっていてとなっていって、まとめられないんですね。まとめるとはここでは抽象化といっていいです。
そして仮にそこで細かくトレーニングについて考えていっても、「オウンドメディアで記事を書くネタ」とは繋がらないんですよ。
なぜか?それは、オウンドメディアで記事を書くとかそのネタは別の話としてみているし一生つながらないからです。先の話でいえば、仕事は仕事、プライベートはプライベートみたいな感じで固まっているというか。介入の余地がない、入れないわけです。
そして、記事を書くときにネタないかな?というときに、「プライベートのネタ」を出すわけにはいかない「まで」考えているというか、それが普通まであるというか。そこで「あ、ジムネタあるな」という人は、多分その時点で企画ができる人なんですよ。できないから、できないといってもいい。
ここで思い出せない、想起できないのはシンプルに「具体のまま」ということです。もっといえば、「体験したことがそのままであり、散らかっている」といってもいい。美容室での接客で良い経験があったのと、スーパーの店員さんが良い接客だった。これを見ると「接客体験」では共通している「はず」ですが、これを「具体的には違う」ので違うとみなすこともできます。できるのですが、抽象化とは、「サービス業の接客」としてみれば、「掛ける言葉、商品やサービスの違い」など誤差に過ぎないわけですね。どちらも一緒だと。
具体のままとは、違う表現をすれば、未圧縮ファイルを保持しているので重たくてしょうがない。RAWファイルでしたが画像ファイルの生データはめちゃくちゃでかいはずです。それって使う前の元ネタでしかなく、Webで見せるデジタルなんて72dpiでいいと。それってめちゃくちゃサイズが小さくて良い。圧縮って感じです。またはファイルを複数持ち歩くのでなく1ファイル圧縮したものを持ち運ぶ方がイメージが伝わりやすいですかね。
そうやって、抽象化=まとめておく=束ねることで、一杯引き出しに入る。その時、記事書くときに「細かい話題は個別で出る」というようにできると。
よって、
・具体的な経験はプライベートも仕事もどんどんしていけばいい
・その際にそれが何かと関連付けられるか、まとめられるか、違うところで使えないかで束ねていく
・アイデアや企画が必要なときに、具体でも抽象でもいいので引き出しから引っ張ってくる
ということになります。最初はそのままです。2つ目はコツかなと思います。それをしている人がトンネルを掘れるというか。3つ目は引っ張ってこれればどっちでもいいのですが、多分具体も抽象も両方ありそうだなと。
仕事とプライベートを分けるなというのは本意ではないです。実際に業務時間で分ける人が会社員なら普通ですから。ただ、あなたは一人の人間であり、その影響をめちゃくちゃ受けてますし、生活のうち仕事はあれどそれは人生の大半なのかというと、シンプルに資本主義におけるシステムの一つでしかないと。多分ですけどね。重要かどうかはまた別と言えるわけです。
経験したことをラベルにいれて、「仕事」で得た知見や考えは、「プライベート」では使えないは乱暴ということです。当然、関係する人が違う、状況が違うのは「踏まえつつ」、その上で似てないか?これ同じこといってないか?と疑ってみる。大抵、人の活動や行動なので同じというか、似てるんですよ。
そして、抽象からスタートって多分出来なくて、その往復です。具体的な経験を持ってして学ぶ。でもそれってこういうこともいえないか?と展開したり、仮説としてもったり、それこそ「コツ」って具体的にもいえますが、マインドセットから様々なものがありますよね。それが使えないか?が進化というか学びなんじゃないかと。コーヒーの淹れ方もあれば紅茶の淹れ方もあると考えるのが筋が良いというか。たとえばですよ。
話を戻します。
そうやっていくと、実は企画をしてない人はいなくて、している。けど、プライベートと仕事で分断している。だから「仕事で企画をする」人が特殊に見えるのでしょうがそれはないんですね。
これは何度か書いていますが、事業やビジネスを考える人が、途端にお客さん視点が消えるみたいなことと合致します。企画が出来ているのに、それがやろうとすると途端に消えるというか(笑)不思議ですが、その原因として、それは抽象化やまとめ、世界が自分の中でつながっていない(トンネルが出来てない、通してない)ということではないかという話でした。
とはいえ、原理がそれだとしても、つなげるには日々、出てきたことからどう学べるか感じられるかを繰り返すやっていく。言葉でメモしたり、考えていくということになっていくので、そこはトレーニングはいるかなと。ただ、誰でも出来るという所以はこの意味で正しいと。
そして、当然?ですが、日々のネタがビジネスで使えるとなるとめちゃくちゃ面白いんですよ。仕事していても別に楽しいことであるし、日々のネタも面白いし。それだけです。そういう感覚はめちゃくちゃ分かち合いたいところですね!
僕はそうやって生活しています。具体か抽象どちらが大事とかでなくどっちもいるのでどっちも楽しみましょう。多くの人は具体に寄りがちですが、コンセプトや概念は抽象です。それらを1mmでも出したり持っておくとめっちゃ豊かになれるという感じですね。そして抽象でのコミュニケーションはめちゃくちゃ捗るわけです。