粗めですが、軽く。
とくに「相談する」または、僕としては「雑談」という言葉をわりと使っているのですが、どうも「ズレ」があるなと。
実は、これは当たり前だと思っていて、自分の解像度が手前味噌ですが「高い」とすると、それが「低い」人から見ると、「それって雑談じゃないでしょ、語りじゃん」みたいな。「深いーーー」みたいな、あまり好きな言葉ではないんですが(笑)まあそれはといておいて。
要するに、自分の「雑談」という定義やイメージと、自分でない他人(人にはもちろんよりますよ)との「雑談」のそれがまあ違うんですよね。
そのあたり書いてみます。
話す、コミュニケーションの量が多ければ見えるものが多い
全て「手前味噌ですが」と書くとだるいので、端的にいきます。
・色々な話をしている、した量、数、人が多いので見える領域が広い
・話をしてかつ、深さや考えに迫っているので、いちいち引っかかりがある(学びが多いということ、良い意味です)
・それを繰り返しているので、「勝手に」解像度が高まった(今)
ということです。
書けばめちゃくちゃ長いのを3行にした点だけ褒めてください(笑)
今後、ちょっとずつ書くかもです。
これが高さの証拠でいいと思います。これを同じようにやっている人がいるとかいないとか、比較とか、あとこれで「調子の乗る」とかもなくて、ファクトとして「それでもなお分からないし、見えないし、理解するのも難しい」ということを感じているという事実です。つまり、キリがないんですよねと。
学びにキリはない。故に学ぶ
学びのキリはないし、終えたら終わりという感じもします。
だから、学びたくない、もう嫌だとかは全くないです。面白いからですね。
解像度高いから終わりとかもなくて。今も今この瞬間もわからないことだらけです。失敗だらけといってもいい。◯◯だらけなんですよ(笑)ということで、そんなものですと。
だから、解像度が低い方がいいとかもなくて。知りたいとか学びたいなら勝手に「高く」なるのが人間なので、あとはどう料理するというか、活かすかって感じですよね。
解像度が高いからどうするか?
はい、シンプルにナリワイ、小商い、ビジネス、商売、シゴクリではないですが、どんどん仕事を作っていけばいいなあと。改めて感じました。
相談だーとか、キャリア相談のるぞーとか、そういう意気込みは少しはあるのですが(ないと何もしないので)、とはいえそれですぐ何か成果が上がるほど甘いものではないのは1万くらい承知しているわけです。いや1億くらいというか(実際は百も承知ってやつです)。
そういう時に、「解像度高いからいいだろーどやあ」(笑)なんて性格でもなく、煽りたいわけでも全然なく。うまく使って欲しいと思ってるんですね。使えるかもしれないなとも思いつつある。
なので、今回のエントリでいえば、温度感というか、空気感を伝わればいいなと。内容はおいておいて、なんか「いい感じ」の空気を伝えられないかと(笑)そういうわりと、ポジティブな文章です。というかいつもネガティブなものはないと思っていますけどね。
解像度を上げるというのは「雑談」ですが、もっと具体的にいえば、
・そもそも「相談」って何をしているのか
・「相談する」というけど、何が相談者に起きて、または何が起きないか
・「話す」って何か、話さなくても生きられるのか
・「思考」や「深い話」、「価値観」などはそもそも語る意味はあるのか?
とか、そういう問いかけといってもいい。
このあたりの問いかけはもちろん、答えはない!ですよ。僕もわからないです。ただ、こうじゃないかというのがある。まさに手元に、実感として、見えるくらいにあるわけですよ。
それってもしかして、多くの人が求めていたりするかもしれない。(そうではないことも知っていつつですが)というところで、ぐっと解像度をさらに上げつつ、同時にそれは上がる=自分が見えるぜー!ではなくて、「こう見えるんですが、どうですか?」って感じです。
「双眼鏡を手に入れて見えるから面白いっす」でなく、「これ見ると面白いですよ、やってみませんか」という提案であり、それは「双眼鏡」というツールであって、それでどう使えるかって、誰かに試したり一緒にやらないと見えないんですよね。Vison Proみたいな最新ツールありますが、あれも自分で使うだけだと限界があって、色々な人が色々な知恵、立場、状況、アイデア、工夫で使うから面白いと。なんでもそうじゃないかなと。
というわけで、今回は、コミュニケーションとか話す、相談、雑談とか、話す系の解像度を上げていくという話でした。もっといえば、話すをツール化したとき、どう説明するか説明できるか。伝えられるのか。そこですね。どこまでできるかはおいておいて。