シゴトづくりにおいて、自分に自信がないから、または経験がないので、安く設定しがちです。その心理も分かるし僕もそのようにしていたこともあるので分かります。くどいですが、めちゃくちゃ分かります。
ですが、そこで一瞬待ってもらって、じゃあ「あなたが格安でお願いされたいですか?」というと、「格安でお願いしている人」に限って「格安はやだ」となるんですよね(笑)
つまり、ジャイアン理論です。
・私は格安でお願いする
・あなたは格安でお願いされる
・私は格安でお願いされないし、してほしくない
・あなたは格安でお願いされる立場である
これって、なんか洗脳までいわないですが、なんかえらいこと言ってござる(尊敬語)なあと。
僕はそういうのは苦手です。ちなみに、起業当初などでよく色々な人に出会って、そうやって「予算がないので格安で」という人に限って、そもそも予算がないなんてことがないんですよ。ないのはそこで支払うお金をケチるということです。出したくないといったほうがいいでしょうか。
よって、他に使っているものがあるんですよ。
では、こういう人が態度を改めて変わるかというと・・・悲観的かつ悲劇ですが、あまりないのではないかと。変わった人もいるかもしれませんが、変われる人とは「格安でお願いします、またはされました」に違和感を1mmでも覚えた人なんじゃないかなと思います。
格安と書く必要がない
相場を知らない人が、相場の中でもかなり安い金額、という意味合いで「格安」ととりあえず書くと。
例えば文章を作成するとします。それはTwitterのなんでもないようなつぶやきとしましょう、「あーコーヒー飲みたいな」というのが欲しいとします。これ自体特段スキルがいらないから、1字1円でも高いかもしれないですよね。それは知らないですが、11文字なので11円としましょう。
ではこれを格安で買いたいという時、感覚では10分の1以下ですから、1円となります。では、格高(実際に高い価格という意味はないようです)となると、110円くらいなんですかね。仮に。
この時、依頼者が「10円しかないのでそれでお願いします」というのと、「格安でお願いします」は結構意味が異なります。10円であれば、1字1円だから、10文字までねとなります(笑)ですが、格安とは「つぶやきを書いてそれが100文字でも1万文字でも、格安」でとなります。
良い風にいえば、出すもの全てを買い取るかもしれませんが、「格安」感があるので、10円しかないといってくれたほうが分かりやすいです。つまりかかわらないがそこで選べる。という意味で不親切なわけですね。
もっといえば、格安&見積もり必須とは、相手の時間もそこで見積もりで奪っているので、さらに厳しいと。
では予算がない人はどうすればいいかというと、その予算を書いてそこでできる分だけというのが適切な気がします。それが安いならやらなければいいので。これで大分格安問題は減る気がします(笑)
格安でお願いする心理と、される心理の分からなさ
値段がどうこうは別にいいんですよ。安い→やらないな、高い→要求が多いかもしれないので。
ただここで僕は絶望しているのですが(笑)、格安でお願いする&自分は格安ではしない、って結構やばいなと思うんですね。なぜかというと、自分は神で、良い存在だと。相手は知らない、それこそ下僕ではないかと。奴隷的といってもいい(奴隷が実際はどうだったかはおいておいて、言葉の意味としては、人権がないという意味ですね)。
この場合何が起きるか?ですが、シンプルに仕事をして関わる時、そういうコミュニケーションが全てストレスになると。つまり、格安だけどコミュニケーションを都度要求されたり、連絡をしろといったり、成果物にいちゃもんをつけたり・・・そうです。つまりモンスタークライアント=モンクラ?今つくりましたが、そういうものになるというか。
では、この人が「格安でお願いする」のだけど、「お願いされたくない」ので、一生わかり合えない。私は格安でただお願いしているだけ、クライアントです、発注者です、偉いですと。それこそ単価を上げて下さいというものなら、「じゃあ仕事出さないよ」と。まあこれって下請けいじめ=犯罪ですね、でしかないですし、まともな感覚ではないわけです。神経といってもいいですが。
こういう人に絡まれたり関わったら、まあ事故と思って逃げた方が良いですよね。としかいえないと。僕はそこまでの人はないのですが、まあありえるだろうなと。
サイコパスとか、ある種の二重人格で、非常に危険ですよね。この話が理解できないまであるかなと。そうなれば超危険ですね(笑)
対等な関係性は築くことができる
依頼側は圧力をかけてくる、ワーカー側はサボろうとする(笑)まあそんな極端な世界ではないんですが、そういうのもあるんだろうと。
一方で、対等な関係性はありえると僕は考えています。理想とかでなく。そもそも、それって仕事自体の具体的な話でなく、やり方とか関わり方はありますけど、そもそもその根本である、人が問題ということです。
問題人が誰でとかでなくて、問題だなと思える人がいればやはり問題で。ではその人の人格、性質を改善できるかは結構難しい。親とか子ども、血縁でも難しいのに、いわんやです。所属したり、会社や組織、サークルやボランティア、趣味なんでもいいですが、そこで関わる人を教育するとかおこがましいわけですし、その権利もないというか、義務もないというわけです。
そういう絶望する中でもですね、対話はしたいなと。ただ対話してみんなと仲良くなんて流石に厳しくて、理解不可能な存在があった時、そこがある種の成長の分水嶺であり、あなたにとっての試金石なんじゃないかなと思うわけです。
ここまで書いて格安でお願いしますという人が来たら、まあ当然ご縁はないわけですよね。
なので、格安はまあ無視してもらって、逆に格安しかないなら、それは何か違うんじゃないかって問いかけを自分の中でぶつけられるくらいにはなりたいものかなというところでした。