最近のテーマはこのハードルです。
多分見えないハードル(実際に見えないのですが)があって、壁といってもいいですよね(こちらも見えない)。そこがあるのでやれない、やらないとなる。その見え方は個人によって全く違うのですが。
壁は見えないのに、見えるという場合、あるかないかとなりがちですが、実際に冷静に考えると、多くは見る対象者が自分で設定しているということになりそうです。これをやり過ぎると自己啓発的になってしまいがちですが、少なくとも事実と精神は両方の観点でみたいところです。
実行の価値は高く見積もりすぎではないか
いわゆる実行や行動です。これらは簡単に出ると思われる「アイデア」に比べてとても「高い」と思われています。本当にそうかというと、不当まではいかないですが、もっと「低い」のではないか。実行=成功みたいになってしまっていて、実際は「実行」の1000は見えてなくて、そのうち「実行」の1が見えて成功に見える。
つまり、実際の行動自体、一個を取り上げればそれ自体は「価値」なしといってもいいわけです。逆にいえば、全くないのでなく、1行動や1実行はほんの少しだけ価値がある。0.001くらいのような。
実行や行動価値を高く見積もる人はシンプルに行動できてなかったり、それを形にできない人の「期待値」が入るからです。そうでないなら、実際の実行者目線では「行動をしていたら成功した」でしかないという大きすぎるギャップがあるのかなと。
アイデアの価値も低く見積りすぎではないか
逆もいえます。アイデアの価値を低く過ぎではないかというところです。これはアイデアに比べられるので、「思いつき」も含めたアイデアは誰でも出来ると思われます。本当はそうではないわけですね。
行動をしなければ「アイデア」は価値が生まれないのは事実ですが、それは行動を高く評価し過ぎなのかなと。つまり、アイデアでも価値は行動くらいあって、0.001くらいです。同じってことですね。
アイデアも行動も価値があるので、アイデアで行動するとさらに価値が高まる。その先に結果や成功みたいなものがある。それだけなので、価値基準や評価がちょっと極端じゃないかって僕は考えています。
いずれにせよサンプルや事例が普及してないから
特殊なやり方とか、ここだけの話みたいなことはなくて、普通にアイデアを出してそれを実践して形にする。それは誰かにとって価値があったから売れるし、商売になるってことですね。それだけなんですが、そのシンプルさ故に「それだけ?」となってしまうのではないかと。本質はそんなものではないかと思うんですね。
これは事例とかサンプルとか色々あれば、そういうやり方があるのかといって、普及するのかなと。劇的なのはchat-GPTみたいなものです。一気に広がり変わる世界はちょっと怖いですがワクワクするわけです。
そうやって劇的な変化をさせるのが狙いではないのですが、もうちょっとなんとかできないか。アイデアの価値を増やし、行動の価値を減じると丁度バランスがいいのかなと考えたところでした。
という意味で、小さく実践することをもっと大事にしてそういう人を増やしていきたいですね!