「いざ、マレーシアへ!」

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ども~、皆さん元気い~~!

「さぁ、もっと幸せに!」が、このブログのテーマです。

14日からマレーシアに行ってきます。

首都クアラルンプールとその近郊、そしてキャメロンハイランド。4泊6日の旅です。

“キャメロンハイランド”?

そうです。

10月24日、日本人観光客を乗せたバスがトラックと衝突事故を起こし、女性1人が亡くなっています。あのバスが向かっていたところが、“キャメロンハイランド”です。

旅行なので何が起こるかわからないですね。交通事故だってあるかも?

これからできることは、『海外旅行保険』に入ることくらいですかね。死んでしまえばどうしようもないですが…。

さて、日本は単一民族です。宗教もあってないようなもの。実質、無宗教の国です。

世界的にみると極めて稀な国といっても良いでしょう。これはきっと幸せなことなのでしょう?

今回の旅の大きな関心は、異なる民族がうまく共存できているマレーシアの社会、町、人々とは実際にどんな感じなのか、自分の目で見て、感じてくることです。

簡単にマレー半島の歴史を調べてみました。

元々、マレー半島に往来したのは南インドの人々でした。黄金や香料などがたくさんとれたからです。

その影響でヒンドゥー教の文化や社会制度が導入されました。

14世紀末、ジャワ(マジャパイト王国)に占領されると、マレーの王族はマラッカへ逃れ、マラッカ王国を創始しました。

その後、ペルシャ、アラブ、インドからやってきたイスラム教徒の影響を受け、15世紀後半には完全にイスラム化しました。

16世紀初め、ポルトガルに占領され、17世紀中頃にオランダに占領されました。

18世紀後半に大英帝国イギリスが入ってきて、20世紀初頭にはマレー半島とボルネオ島北部を掌握され、本格的な植民地支配を受けました。

イギリスは莫大な資本を投下してスズ鉱山とゴム農園の開発を進めました。中国、南インドから多くの労働者が移住し、現在の多民族国家ができあがりました。

というわけで、現在のマレーシアは、いわゆる原住民のマレー人と移民のインド人と中国人の混成チームのような国です。

こんな歴史をもつ国が、少なくとも内戦をしておらず(つまり平和)、東南アジアの中でも急成長しているのです。

ご存知の方も多いと思いますが、日本もマレーシアとは大きな関係があります。

1941年12月の太平洋戦争開戦とともに、日本軍はマレー半島のコタ・バルなどに上陸。半島を南下して翌年1月にクアラルンプールを、2月にシンガポールを占領しました。

この時、一旦は日本がイギリスの植民地支配を一掃したため、現地のナショナリズムを高めることとなりました。

戦後イギリスが復帰すると、その軍政にマレー人の反発が高まり、1948年イギリスがマレー人の地位を認めたマラヤ連邦が発足しました。

その後12年間に及ぶ厳しい内戦がありましたが、政情が安定するにつれて民族主義運動が高まりました。

そしてイギリスとの交渉の結果、1957年8月31日に、ラーマン初代首相によってマレーシアの独立宣言がなされました。

今から67年前のことです。僕の生まれるわずか1年前のできごとです。

イギリスからの独立を果たすために、マレー人、インド人、中国人の混成チームがひとつにまとまったのです。

民族や宗教が異なるのに、それぞれの民族が「ここはわたしたちの国だ!」という思いをよく持てたものです。

占領されてきた歴史、植民地化されていた時代があったからこそ実現できた「独立」と「自由の権利」だと思います。

これを成し遂げたリーダーとその仲間たちは、凄いなと思います。

「せっかく行くのだから」と考えると、いろいろなところに行きたくなります。マラッカやペナン島、ボルネオ島など。

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でも実質4日間しかありません。

ツアーではありません。欲張り過ぎたらダメ!と自制します(元気ならまたいつでも行ける)。

さぁ!出発まであと5日。体調を整えよう!


これからも「四柱推命」を活用しながら、皆さんの幸せのお役に立ちたいと思っています。

次回以降も、キンおじさんのブログ、よろしくね~~。

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