皆さん、こんばんは!
アステラ法務コンサルティングの「たくえい」です。
私が連載している「空き家と成年後見制度」シリーズの第3回目となります。
前回は「成年後見人が解説する、空き家の発生と成年後見制度の関連性」というテーマで、空き家問題の根底には、所有者の認知症や判断能力の低下による「管理者の喪失」があるという現実についてお話ししました。所有者が判断能力を失うと、たとえ子どもがいたとしても、法的権限がなければ不動産を適切に管理・処分することは困難になり、結果として空き家が放置されていく実態を解説しました。
今回は、その先のプロセスである「相続」に焦点を当てます。多くの人が、相続対策といえば「遺言書」を思い浮かべるでしょう。しかし、遺言書があっても、相続が「争族」へと発展してしまうケースは少なくありません。
本記事では、私が兼務する遺言執行士としての観点と、成年後見人としての観点の両方から、遺言書だけでは解決できないケースと、成年後見制度の併用が有効なケースについて解説していきます。空き家問題を未然に防ぎ、そして相続で家族が揉めないための具体的な対策を考えていきましょう。
1. 遺言書があっても揉める相続:遺言執行士の視点から
遺言書は、故人の最後の意思を尊重し、財産の円滑な承継を実現するための最も有効な手段です。しかし、遺言書さえあれば万事解決、というわけではありません。遺言執行士として関わってきた様々な事例から、遺言書があっても相続が複雑化する、あるいは揉めてしまうケースがいくつか見えてきます。
1-1. 遺言書が抱える「時間差」と「内容の不備」
・財産の特定が曖昧: 遺言書作成時には存在した財産が、遺言者が亡くなった時には売却されていたり、逆に新たに取得した財産(特に不動産)が記載されていなかったりするケースです。「実家を長男に相続させる」と書かれていても、その「実家」が具体的にどの土地・建物を指すのか、登記簿上の地番や家屋番号が明記されていないと、遺言執行に手間取ることがあります。
「付言事項」が争いの種に: 遺言書には、財産分与以外の想いを綴る「付言事項」という欄があります。しかし、この付言事項に、特定の相続人に対する不満や、特定の相続人を優遇する理由が感情的に記されていると、かえって他の相続人の反感を買ってしまい、遺留分減殺請求(遺言書によって最低限の相続分すら受け取れなかった相続人が、財産を多く受け取った相続人に対して、遺留分侵害額を請求すること)などの法的トラブルに発展するケースがあります。
遺言能力の疑義: 遺言書作成時に、遺言者がすでに認知症であったり、判断能力が低下していたりした場合、その遺言書自体の有効性が争われることがあります。特に自筆証書遺言の場合、筆跡鑑定や作成時の状況をめぐって、相続人同士が疑心暗鬼に陥り、法廷での争いに発展するリスクが高まります。
1-2. 遺言書に書かれていない「人の問題」
遺言書は「モノ(財産)」の配分については指示できますが、「ヒト(家族)」の問題をすべて解決できるわけではありません。
遺言執行者の不在: 遺言書で遺言執行者が指定されていなかったり、指定された人がすでに亡くなっていたり、高齢で執行能力がなかったりする場合、家庭裁判所に遺言執行者の選任を申し立てる必要があります。この手続き自体が、相続手続きを遅らせる要因となります。
遺留分を無視した遺言: 特定の相続人(特に子どもや配偶者)に、法律で保障されている最低限の相続分である「遺留分」を無視して、財産をすべて一人に譲るという遺言書は、遺留分減殺請求という形で揉める原因となります。特に空き家の場合、売却しなければ金銭での支払い(遺留分侵害額の支払い)ができないため、相続人全員の合意形成が困難になります。
このように、遺言書は非常に強力なツールである一方、その作成時期や内容、そして遺言者本人の状態によっては、かえってトラブルの火種となりかねない側面があるのです。
2. 生前の判断能力低下が引き起こす相続の混乱:成年後見人の視点から
遺言書が有効に機能するためには、遺言者が健全な判断能力を持っていることが大前提です。しかし、前回お話ししたように、親が高齢になり、認知症などで判断能力が低下した場合、遺言書だけでは対応できない深刻な問題が発生します。
2-1. 遺言書を作成できない事態
遺言能力の喪失: 認知症が進行し、遺言能力(自分の財産を誰に、どう分与するかを理解し、判断する能力)が失われた場合、有効な遺言書を作成することはできません。遺言書がなければ、法定相続分に従って相続人全員で遺産分割協議を行う必要が生じます。
遺産分割協議ができない: このとき、相続人の中に判断能力が低下している人がいると、その人自身が遺産分割協議に参加することができません。なぜなら、遺産分割協議という法律行為には、本人の意思能力が不可欠だからです。
成年後見制度の活用: このような場合、その相続人のために成年後見開始を申し立て、家庭裁判所から選任された成年後見人が、本人に代わって遺産分割協議に参加することになります。これにより、遺産分割協議を進めることが可能になります。
2-2. 遺言書があっても生じる「空白期間」の問題
たとえ有効な遺言書があったとしても、遺言者はまだ生存している状態です。その遺言者が認知症などで判断能力を失い、自宅が空き家になったり、財産管理ができなくなったりした場合、遺言書はまだ効力を持たないため、何の役にも立ちません。
財産管理の停滞: 遺言書は、あくまで相続発生後(遺言者が亡くなった後)に効力を持つものです。遺言者が存命中に判断能力を失った場合、その財産管理は誰が行うべきでしょうか?子どもが勝手に親の不動産を売却したり、賃貸に出したりすることはできません。
成年後見制度の必要性: この「空白期間」を埋めるために必要となるのが、成年後見制度です。成年後見制度は、本人が判断能力を失った時点から効力を発揮し、後見人が本人の財産を適切に管理・保全します。これにより、自宅が空き家として放置され、資産価値が目減りしたり、近隣に迷惑をかけたりすることを防ぐことができます。
3. 空き家対策と円満相続のための「成年後見制度」の活用法
遺言書だけではカバーできない生前の財産管理と、相続発生後の円滑な手続きを実現するために、成年後見制度をどのように活用すべきかを考えていきましょう。
3-1. 【ケース別】遺言書と成年後見制度の併用が有効なケース
ケースA:親の財産を子が管理したいが、まだ親が存命の場合
親が認知症になり、自宅が空き家になりかけている。しかし、親はまだ生存しているため遺言書は効力がない。
有効な対策: 親のために成年後見開始を申し立て、後見人が選任される。親の意向を尊重しつつ後見人が親に代わって空き家の売却、賃貸、修繕などを決定し、実行する。これにより、親の財産が目減りすることを防ぎ、将来の相続財産を守ることができます。
ケースB:相続人の中に認知症の人がいる場合
遺言書がなく、相続人全員で遺産分割協議を行う必要があるが、相続人の中に認知症を患っている人がいる。
有効な対策: その認知症の相続人のために成年後見開始を申し立て、後見人が選任される。後見人が本人に代わって遺産分割協議に参加し、合意形成を図る。これにより、遺産分割協議が進まないという事態を回避できます。
ケースC:遺言書で遺留分を侵害する内容が書かれている場合
親が遺言書で、実家(空き家)の土地・建物をすべて長男に相続させると書いたため、他の兄弟の遺留分を侵害している。
有効な対策: 相続人全員が、まず遺言書の内容に従って相続手続きを進めつつ、遺留分を侵害された相続人が、遺留分侵害額請求を行う。このとき、認知症の相続人がいる場合は、その人のために後見人を選任し、後見人が本人に代わって手続きを進める。遺言執行士として、相続人全員が納得できるような遺産分割案を提示し、話し合いをまとめることも重要な役割となります。
3-2. 空き家を「負動産」にしないための成年後見人選定のポイント
空き家問題に精通した成年後見人を選任することは、問題解決を円滑に進める上で非常に重要です。
専門家後見人の活用: 弁護士、司法書士、社会福祉士といった専門家は、後見人としての業務に慣れており、不動産の売却といった法的な手続きもスムーズに行うことができます。
建築士・不動産の知識を持つ後見人: 私のように建築士や不動産に関する知識を持つ後見人であれば、空き家の物理的な状態(老朽化の度合い、修繕費用など)を正確に判断し、売却か維持かの最適な選択肢を提示できます。
多職種連携: 成年後見人、遺言執行士、建築士、不動産業者、そして地域の行政担当者など、複数の専門家が連携することで、空き家問題を多角的に解決することができます。
まとめ
今回は、遺言書だけでは解決できない相続の課題と、成年後見制度の有効な活用法について解説しました。
遺言書だけでは不十分な理由:
・遺言書の作成時期や内容によっては、かえってトラブルの火種となる。
・遺言者が存命中に判断能力を失った場合、遺言書は効力を持たないため、財産管理の空白期間が生じる。
・相続人の中に判断能力を失った人がいると、遺産分割協議ができない。
成年後見制度が解決策となる理由:
・遺言書が効力を持たない「空白期間」において、後見人が本人の財産を適切に管理・保全できる。
・相続人の中に判断能力を失った人がいる場合、後見人が本人に代わって遺産分割協議に参加できる。
・空き家の売却や賃貸といった、不動産の適正な管理・処分を法的に実行できる。
相続対策は、遺言書を作成して終わりではありません。遺言書の内容を実行するための「人」の問題、そして遺言者が判断能力を失った際の「生前」の財産管理の問題をどうクリアするかが、円満な相続を実現し、空き家を「負動産」にしないための鍵となります。
次回は、いよいよ具体的な解決策に踏み込みます。「【建築士×成年後見人】老朽化した空き家、売却すべきか維持すべきか?判断基準を解説」と題して、私の二つの専門性を活かし、空き家の状態から最適な判断基準を提示します。ぜひ続けてご確認ください。