皆さん、こんばんは!
アステラ法務コンサルティングの「たくえい」です。
私が連載している「空き家と成年後見制度」シリーズの第2回目となります。
前回は「親の家」が空き家になる前に知っておきたい成年後見制度の基本」というテーマで、私が建築士と成年後見人という二つの顔を持つ理由、そして空き家問題が単なる物理的な問題ではなく、所有者の意思決定能力の問題と深く結びついているという視点をお話ししました。
今回はその核心に迫り、「多くの空き家が、所有者の認知症や判断能力低下によって生まれる実態」について、私の成年後見人としての経験を交えながら、さらに詳しく解説していきます。この問題は、日本の社会が抱える深刻な課題であり、決して他人事ではありません。私たちがいつか直面するかもしれない、人生の終盤における「財産管理」という課題そのものなのです。
1. 放置された空き家の裏にある「管理者の喪失」という現実
日本の空き家問題は、もはや地方だけの問題ではなく、全国的な社会問題となっています。総務省の住宅・土地統計調査によると、全国の空き家数は年々増加の一途をたどり、その総数は900万戸を超え、住宅総数に占める空き家率は13.6%にも上ります。平戸や佐世保といった地方都市でも、この傾向は顕著です。歴史あるまちなみの中に、あるいは美しい里山の集落の中に、朽ちていく古民家や、手入れがされずに荒れ果てていく空き家が点在しています。
これらの空き家が生まれる原因として、一般的には「相続」が最も大きな要因として挙げられます。親から子へと相続された家が、住む人がいないために空き家となり、そのまま放置されるというケースです。しかし、この「相続」という事象は、すでに所有者が亡くなっている状態です。私が成年後見人として様々な事例に関わる中で、もっと手前の段階、つまり「相続が発生する前の段階」から問題が始まっていることに気づきました。
それは、家を所有している本人、つまり親世代が、高齢化や認知症によって、徐々に自身の財産である不動産の管理ができなくなっていくプロセスです。これが、多くの空き家が生まれる、もう一つの、そしてより深刻な根源なのです。空き家問題は、単に「住む人がいなくなった」という物理的な現象だけでなく、「適切な管理者がいなくなった」という、所有者の法的な能力喪失の問題と深く結びついているのです。
この「管理者の喪失」という状態は、所有者が意思決定能力を失い、財産を守るための行動を取れなくなることで、空き家が負の遺産へと変貌していくプロセスの始まりです。
2. 空き家はなぜ「管理不全」に陥るのか?:成年後見人の視点から見る実態
健康な状態であれば、私たちは自分の財産を適切に管理できます。家の修繕が必要になれば業者を手配し、固定資産税の納税通知が来れば支払い、隣人との境界問題などにも対応できます。しかし、高齢になって体力が衰えたり、認知症を患ったりすると、こうした当たり前のことが次第に難しくなっていきます。私の成年後見人としての経験から見えてくる、典型的な「管理不全」の事例をいくつかご紹介します。
2-1. 「いつか帰るから」という強固な意思と管理の停滞
これは非常に多くのケースで見られる事例です。高齢の親が怪我や病気で入院したり、介護施設に入所したりすると、自宅は無人になります。子どもたちは将来のことを考え、空き家となった実家をどうにかしたいと考えますが、親は「私はいつかまた家に帰るんだから、家を売るなんてとんでもない!」と強く主張し、不動産の処分を頑なに拒みます。親の判断能力がまだ十分な状態であれば、子どもは親の意思を尊重せざるを得ません。しかし、認知症が進行し、判断能力が不十分な状態になってしまうと、話はさらに複雑になります。
法的な壁: 本人の判断能力が不十分な場合、子どもは親の財産に勝手に手を出すことができません。実家を修繕するにしても、賃貸に出すにしても、売却するにしても、法的な手続きが必要となります。親の銀行口座から修理費用を引き出すことすら、法的には問題となる可能性があります。子どもが善意で修繕費用を立て替えても、後々法的なトラブルに発展するリスクもはらんでいます。
時間の経過と荒廃: このような状態で時間だけが過ぎていくと、家は手入れされなくなり、どんどん荒廃していきます。固定資産税や火災保険料の支払いも滞るようになり、滞納通知が届き、ついには建物の老朽化によって近隣に迷惑をかける事態に発展します。
成年後見制度の必要性: このような状況でこそ、成年後見制度が真価を発揮します。家庭裁判所から選任された後見人は、本人の意思を尊重しつつも、本人の財産を保全するという法的義務に基づき、客観的かつ合理的に不動産の処分を検討することができます。もちろん、本人の住居である不動産の売却には家庭裁判所の許可が必須ですが、後見人はその必要性を説得的に説明し、手続きを進めることができます。
2-2. 認知症による無関心と地域の迷惑
認知症が進行すると、自分の家に何が起きているかに関心が持てなくなることがあります。
荒れ放題になる庭: 庭の雑草は伸び放題になり、周辺住民からの苦情が増えていきます。しかし、本人は庭の手入れをする能力も意欲もなく、子どもに連絡しても「草むしりぐらいはやってくれるだろう」と甘く考えている間に、さらに状況は悪化します。
建物の老朽化とリスク: 屋根が壊れたり、外壁にひびが入ったりしても、危険性に気づくことができません。台風や地震で建物が倒壊したり、屋根が飛散して近隣に被害を与えるリスクが高まります。
特定空き家としての行政指導: こうした状況が悪化すると、行政は「特定空き家」として指定し、所有者に対して改善を求める指導・勧告を行います。しかし、本人が認知症である場合、この指導の意味を理解できず、結果的に放置することになります。最終的には行政代執行となり、多額の費用が所有者(ひいては本人や家族)に請求されることになります。成年後見制度を利用していれば、後見人が行政からの指導に対応し、建物の状況を調査し、修繕や売却といった具体的な対策を講じることができます。これにより、行政代執行という最悪の事態を回避し、本人の財産を保護することができます。
2-3. 詐欺被害による大切な財産の喪失
判断能力が不十分になると、悪質な訪問販売業者や詐欺師の格好の標的となります。
不要なリフォーム契約: 「屋根瓦がずれていますよ」「今ならお得に外壁塗装ができます」と甘い言葉で近づき、相場よりもはるかに高額なリフォーム契約を結ばされてしまうケースがあります。本人にその契約内容を理解する能力はなく、子どもが気づいた時にはすでに手遅れという事態も少なくありません。
不動産の安価な売却: 「この土地は将来値上がりする」「今のうちに売っておいた方が良い」などと持ちかけられ、相場よりもはるかに安い価格で大切な不動産を売却してしまう事例も存在します。
後見人による財産保全: 成年後見制度を利用していれば、後見人が本人の財産管理を代行するため、このような悪質な契約から本人を保護することができます。後見人による同意がなければ契約は無効となるため、本人の大切な財産が勝手に処分されることを防ぐことができます。
3. 成年後見制度による空き家問題解決の具体的なステップ
このような「管理不全」の状況に陥ったとき、成年後見制度がどう機能するのか、その具体的なステップを解説します。
後見開始の申立て:
親族(配偶者、四親等内の親族など)が、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行います。
申立てには、本人の判断能力を診断した医師の診断書や、財産に関する書類などが必要です。
後見人等の選任:
家庭裁判所は、本人の状況に応じて、後見人(判断能力が常に欠けている方)、保佐人(判断能力が著しく不十分な方)、補助人(判断能力が不十分な方)を選任します。
申立て時に候補者を立てることもできますが、財産が複雑な場合や親族間で対立がある場合などは、裁判所が弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門家を選任するケースが多くなっています。
財産調査と管理計画の策定:
後見人は、就任後速やかに本人の全財産を調査し、財産目録を作成して家庭裁判所に提出します。
空き家となっている不動産も当然、管理対象となります。後見人は、建物の状況を把握し、売却、賃貸、修繕など、本人の財産を保全するための具体的な管理計画を立てます。
空き家の適正な処分・活用:
後見人は、本人の財産保全義務に基づき、空き家の処分・活用を検討します。
売却の場合: 本人の居住用不動産を売却する際には、家庭裁判所の許可が必須となります。後見人は、売却の必要性(例えば、多額の修繕費用がかかり、売却して施設費用を捻出するのが本人の利益になる場合など)や、売却価格の妥当性などを家庭裁判所に説明し、許可を得た上で売却手続きを進めます。
賃貸の場合: 空き家を賃貸に出すことで、家賃収入を得て本人の財産を増やすことができます。後見人は、賃貸契約を結び、賃料の徴収、修繕対応などを行います。
修繕の場合: 建物の老朽化が進んでいる場合、後見人は本人の財産状況と建物の価値を勘案し、専門家(建築士など)に協力を求めて修繕計画を立て、実行することができます。
このように、成年後見制度は、所有者が判断能力を失ってしまった場合でも、法的な権限を持つ後見人が、本人の財産を適切に管理し、空き家の売却や賃貸といった解決策を実行できるようになります。これにより、空き家が「負動産」化することを防ぎ、本人の財産を守ることができます。
4. 成年後見人の視点から見る【ケーススタディ】
ここで、私が実際に経験した事例を、プライバシーに配慮して匿名化した上でご紹介します。
ケース①:遠方の子どもが後見人になった場合
状況: Aさんは佐世保に住む一人暮らしの女性(80代)で、認知症が進行していました。夫はすでに他界し、一人息子は東京で仕事をしており、年に数回しか帰省できません。Aさんが入院したことをきっかけに、息子夫婦が成年後見開始を申立て、息子が後見人に選任されました。
直面した課題: Aさんの自宅は築50年の古民家で、雨漏りやシロアリ被害が深刻でした。息子は東京から頻繁に管理に来ることができず、近隣からも「早くどうにかしてほしい」と苦情が来ていました。Aさん自身は「いつか帰るから売らない」と言い、息子の言葉に耳を傾けません。
後見人としての対応: 息子が後見人となったことで、まず法的な権限が明確になりました。私(建築士としての私)の協力を得て建物の診断を行い、修繕には多額の費用がかかる上に、Aさんが今後自宅に戻れる可能性は低いことを息子に伝えました。次に、売却の必要性(資産価値の保全、近隣トラブルの回避、Aさんの施設費用の捻出など)をまとめた書類を作成し、家庭裁判所に提出。無事に売却許可を得て、不動産を売却しました。
結果: 売却で得た資金は、Aさんの施設費用や医療費に充当され、財産が適切に保全されました。息子は、親の財産を勝手に売却したという負い目を感じることなく、法的に認められた手続きで問題解決ができました。
ケース②:専門職後見人が選任された場合
状況: 平戸に住むBさんは独身で、親族も高齢で遠方に住んでいました。自宅はすでに空き家になっており、近所の人から通報を受けて行政の担当者が訪れたところ、Bさんが判断能力を失っていることが判明。行政が家庭裁判所に後見開始を申立て、専門職後見人が選任されました。
直面した課題: Bさんは住んでいた空き家だけでなく、他にも複数の土地を所有していました。しかし、登記が整理されておらず、どの土地が誰の所有なのか、境界線はどこかなどが不明確な状態でした。さらに、過去の固定資産税が未納になっている土地もありました。
後見人の対応: まず、不動産の権利関係を司法書士と連携して整理しました。次に、地域の不動産業者や行政の担当者とも協議し、空き家となった建物の解体・売却が最もBさんの利益になると判断。家庭裁判所に売却許可を申請し、解体・売却の手続きを代行しました。
結果: 複雑だった不動産を整理し、売却することで、Bさんの財産を現金化することができました。その資金は、Bさんの今後の生活費用に充てられ、地域の空き家問題も一つ解決することができました。
5. 建築士と成年後見人:二つの視点で空き家を未来へ
私の二つの肩書きは、空き家問題を解決する上で、非常に大きな意味を持ちます。
建築士としての視点:
空き家の物理的な状況を正確に診断できます。建物の構造的な劣化、雨漏り、シロアリ被害などを専門家の目で見て、正確な修繕費用や解体費用を算出できます。
単なる売却だけでなく、リノベーションによって宿泊施設やシェアオフィスとして活用する可能性も提案できます。これにより、本人の財産価値を最大限に高める選択肢を検討できます。
行政が空き家対策として提供する補助金(古民家再生補助金など)の要件を踏まえた改修計画を立案し、後見人に代わって補助金申請のサポートができます。
成年後見人としての視点:
本人の意思を尊重しつつ、法的な手続きに則って財産管理を行えます。特に、不動産の売却といった重大な決定には、家庭裁判所の許可を得るという、第三者のチェックが入るため、不正なく適正な手続きを進められます。
相続人(子どもなど)との間で意見の対立があった場合でも、後見人という中立的な立場から、本人の利益を最優先した解決策を提示できます。
不動産の売却代金や賃貸収入などを、本人の生活費や医療費といった「何に使うか」を明確にし、本人の財産を保護します。
このように、私は建築士として空き家の「物理的な価値」を、成年後見人として空き家の「法的な価値」を、それぞれ見定め、両方の視点から最適な解決策を模索することで、空き家を「負動産」ではなく「未来へ繋ぐ資産」へと転換させるお手伝いをしています。
まとめ
今回は、空き家問題が、所有者の認知症や判断能力の低下という問題と密接に関わっている実態、そして成年後見制度がその解決策となり得ることを解説しました。空き家の発生は、単なる物理的な問題ではなく、所有者の意思決定能力の問題であり、適切な管理者不在の状態が原因で起こります。成年後見制度は、この「管理者不在」という問題に対し、法的に権限を持った専門家である後見人を選任することで、空き家を適正に管理し、本人の財産を保全するための重要なセーフティネットとなります。
空き家問題は、私たち自身の将来、そして地域社会の未来に関わる大きなテーマです。問題が起きてから対処することも重要ですが、何よりも大切なのは、問題が起きる前に、親族で将来の財産管理について話し合い、任意後見制度や家族信託といった予防策を講じておくことです。
次回のテーマは、「相続で揉めないための成年後見制度活用法:遺言執行士・成年後見人が語る」です。遺言執行士の観点から、遺言だけでは解決できないケースと、成年後見制度の併用が有効なケースを解説します。ぜひ続けてご確認ください。