『怒られているうちが華』という価値観に捉われ過ぎない方が良い!

コンテンツ
コラム
今回は、「『怒られているうちが華』という価値観に捉われ過ぎない方が良い理由」について、思うところをお話させて頂きます。

上記のYouTube動画でもお話させて頂きましたので、よろしければそちらもご覧頂けますと大変有難いです。

恐らく皆さんの中にも、『怒られているうちが華だよ!』と誰かに言われた経験をお持ちの方も結構いらっしゃるのではないでしょうか?

私自身、『怒られているうちが華』という言葉については、確かに納得できる部分もありますが、どうも「使われ方が間違っているのではないか?」と感じる部分があるのも正直なところです。

この『怒られているうちが華』という言葉は、よくビジネスの場面などに使われる事が多く、例えば「上司から怒られるという事は、それだけ期待されているという事であり、もし怒られなくなったら、それは期待されていない事を意味しているので危機感を持った方が良い」といったように、一般的には『怒られる=期待されている』という意味合いの言葉だと言って良いでしょう。

ただ中には、この言葉を拡大解釈してしまい、理不尽に怒る事でさえも、それを美化して正当化してしまっている人がいるようにも見受けられます。

つまり、客観的に見て、どう考えても怒らなくて良いような場面で怒り、それに対して『怒られているうちが華だ』と言ったとしても、それはちょっと違うのではないかと思うのです。

例えば、ある会社の上司が、昨日応援しているプロ野球のチームが負けた事で機嫌が悪くなり、翌朝もずっと機嫌が悪く、部下が「おはようございます!」と挨拶したら、『うるさい!』と怒鳴ったとします。

これはどう考えても部下のためを思って怒っている訳ではなく、単に上司の自己中心的で身勝手な行動によって怒ったものだと言えるでしょう。

そしてこのような理不尽な怒りはビジネスの場面だけではなく、家庭内における夫婦関係や親子関係、そして学校や習い事などの場面でも起こりがちですが、『怒られているうちが華』という言葉は、パワハラやモラハラなどのハラスメント行為を正当化させるために使われてはいけないと思います。

ただ一方で、教えられる側の人の中にも、『怒られているうちが華』という言葉を真に受け過ぎてしまい、誰かに教えを被る時、相手が怒ってくれる人じゃないと物足りなさを感じてしまって、怒らない相手を蔑んだり馬鹿にしたりするようなケースも起こり得ます。

俗にいう「叱られて伸びるタイプの人」にとっては、確かに怒ってくれる上司や先輩、先生や師匠などの方が相性が良いと思いますし、これは恋愛にも当てはまる事だと言えますが、いざという時にはしっかりと怒ってくれるパートナーじゃないと、「自分の事を愛していないのではないか?」と不安を感じてしまう方もいらっしゃいます。

結局のところ、ビジネスでもプライベートでも、怒られる事に対する考え方が一致している者同士じゃないと、なかなか良好な関係を築いていくのは難しいのかもしれません。

しかし、必ずしも「怒らない=無関心」とは限らず、単純に怒るという行為が好きではなくて、できるだけ相手の良いところを褒めて伸ばしていきたいという方針の方々も多いと思いますので、必要以上に『怒られているうちが華』という価値観に捉われ過ぎない事が大切ではないでしょうか。

本当に自分のためを思って怒られているのなら問題はありませんが、パワハラやモラハラなどのように、単に理不尽な怒りをぶつけられているだけにも関わらず、『怒られているうちが華』という言葉を真に受け過ぎてしまい、「自分がいけないんだ・・」「自分が我慢をすれば良いんだ・・」「相手はきっと自分のためを思って叱ってくれているんだ・・」みたいに、我慢し過ぎて自分自身を追い込んでしまうと、どんどん自信を失って自己肯定感が低くなっていき、精神的な負担やストレスも溜まってしまって、これまでできていた事さえできなくなってしまうといった悪循環に陥ってしまう恐れもありますので、その点は十分注意が必要だと思います。

最後までお読み頂きまして、どうもありがとうございました!
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら