あけましておめでとうございます。中村です。
年末年始もノンストップでビジネスに向き合おうと思っていたのですが、デクスワークにとって大敵とも言える「背中ギックリ」になってしまいました。
ぎっくり腰というのはご存知だと思いますが、それに似た症状で、痛みのメインの部位が「背中の内側の筋肉」が攣ったような感じになります。
これはなんとなく「背中が貼っているな」と感じる場合にまれに起こる現象ですが、大晦日に散歩をしている時に発症しました。
一度なると、靴を脱いだり靴下を履くのが大変になります。
またぎっくり腰とは違い、背中ギックリは動けるのが特徴です。
ですが攣るような鋭い痛みが突然襲ってくるので、不用意にカラダを動かすとかなりの苦痛を味わいます。
台所に立つときや洗面台のように、ほんの少し状態をかがめただけでも「ヤバい」と感じるようになります。
特に長時間座り続けるのも良くない感じがします。
さて、ここで自分の「人生に起こること」の意味を少し考えてみます。
私は、どんな怪我や病、自然現象や物理現象においても「自然界は調和を取る」という方向にエネルギーが動いていると感じています。
もちろん長いスパンを経て調和に向かう場合もあるし、短期間や一瞬で融合していくものもあります。
例えば何らかの病や症状も、それを引き起こしている要因があり、さらにそれを解消しようとしているエネルギーが、現象となって現れているのだと思います。
それが痛みや発熱、そして自然治癒です。
他にも、暖かい海で発生した上昇気流がどんどんその勢力を増すと
、やがて「台風」というスケールになって、膨大なパワーを持つようになります。
それも調和を取ろうとする一連の流れの中で起こっていることです。
台風となったエネルギーは、そう長いこと続かないうちにエネルギーを放出して消えていきます。
例えば転んで怪我をした場合も、部分的に見れば事件ですが、長いスパンで、そして広い視野で考えると、自分の行動というエネルギーが、バランスを取ろうとした中で起こった出来事と捉えられます。
そしてギックリ腰もなんらかの要因はあるにせよ、まるで地球の地震のように「発現した」と考えることができます。
私も数年前に歩けなくなるほどのギックリ腰を体験しましたが、その時は予兆がありました。
全身の疲労や、腰や腿のあたりに違和感を感じていて、そういった中で力仕事をしているときに「あっ!」となったのです。
これもエネルギーの調和という観点から見ると、熱いお湯と冷たい水を同じ容器に入れると混ざり合うように、自然界や私達の体の中、そして心や感情も常にバランスを取ろうとしていると思います。
そうであるなら、この背中ギックリやそれにともなう痛みも、偏りの解消に向かう流れで起こっているはずです。
この背中ギックリはここ数年、2年に1回ほど体験していますが、これまでの経験上、数日間安静にしていると、少しずつ痛みが引いて身体の自由が戻ってきます。
またギックリ腰は治ってからも不安や違和感がある程度残るのに対し、背中ギックリはいつの間にか忘れてしまうくらいスッキリと消えていきます。
つまり自分が何かをやったからなったとか、こうしたら治ったというのではなく、自然に起こって自然に治るのです。
この痛みや苦しみを「喜び」と捉えることはなかなかできませんが、体験とか流れの中の「ただの出来事だ」と考えると、気分が楽になります。
そしてもし私達の人生に意味があるとするなら、こうしたことを身体を使って体験していくことなのかもしれません。
自分の考えや行動、感情や観念を通してエネルギーを偏らせそれを体験する。
だが一方では偏ったエネルギーが常に調和を取ろうとしている。
このことに気付くために様々な現象を体験していると思うのです。
今回の話は以上になります。
自分の体と向き合いながら、引き続き情報をお届けしてまいります。
今年もどうぞよろしくお願いします。