私は性善悪説です

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お元気ですか?
残暑見舞い申し上げます。

今回は、私の根本的な考え方のお話です。

先日、ずいぶん久しぶりにプロフィールを更新しました。
追記したことは、「私は『生善悪説』です。この世界において、純粋な善も純粋な悪も存在しえない。すべては好き嫌いで選択されていると考えています」という一文です。
「清水に魚棲まず」ともいいますしね。

私が中学生の頃、お笑い、詩、エッセイ、オリジナル曲、録音劇、スピリチュアル、討論会などのコーナーを設けて、ラジオ風の番組を企画、作成、録音して同級生たちに聴かせていました。

まさにその当時の企画して楽しんでいたことを今でも続けています。
後に、私が高校生の頃に入院したさい、同室になった三十代の男性と仲良くなり、その録音したものを聴かせると、夜中なのに大笑いしていました。

その録音したものを聴かせるさい、アンケート用紙も渡して、感想と好きだったコーナーも記入してもらいました。高校生の頃はオリジナルソングをつくり、録音し、これも同級生たちに聴かせて感想と好きな曲を書いてもらっていました。そして、ひとりひとりの感想と好みがまるで異なることを知りました。

そのときから、ひとりひとりの考え、感性、好きなものが異なるのだと考えてきました。


私は二元論の考え方を支持していません。

男性にも女性ホルモンが少量分泌されていて、女性にも男性ホルモンが少量分泌されているとされています。

易経の太極図が私の世界観です。
黒色は陰。白色は陽ですが、陰の中に小さな陽があり、陽の中にも小さな陰があります。

百花繚乱.png

世界の神話でも善と悪の対立が描かれています。

そもそも、善と悪とは明確に定義できるものなのかと、ときおり考えます。
少なくとも、この世界は白と黒とに明確にできないもので、グレイの領域があるのだと考えています。夜と朝だけでなく、まだ陽が落ちきっていない中間の時間帯があるようにです。

陰と陽、白と黒に明確に切り分けて、自分たちの考えや主張に執着しているかぎり、世界から争いがなくならないと思います。
人間関係の調和が生まれないと思っています。

Amazonのレビューや評価をみても、百パーセントの五つ星をみたことがありません。
映画、アニメ、小説も人によって感想と評価がさまざまです。要は私たちは好き嫌いで評価している、選択している、ということだと私は考えています。


私個人として、人それぞれに考え、感性があり、どちらが正しい、誤っていると決めつけるのではなく、自分自身と相手の個性、考えを感情的に否定することなく、理解ができない、受け入れられなくても、わかりあう努力することが大事なのだと思います。


ありがとうございます。

                                (了)






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