人というものは本来、平等なものだと私は思っている。従って、如何なる差別もこの世界にあってはならないというのが私の考え方だ。
この世界にはありとあらゆる差別が存在する。人種、男女差、人種、貧富の差、多種多様な理由で人は差別をしたがるものだ。そういった差別はどうして生まれるのか。端的に言えば、それは「無知」故に生まれるものだと言える。「知らない」ということがその問題に対する偏見を生み、それが差別に繋がって行く。
例えば、以前にHIVウイルスが猛威を振るった時期があった。HIVウイルスは世界にパニックを齎し、人々は恐怖に怯える日々を送っていた。私は当時、中学生であったが、HIVに感染したらもう終わりなんだな、と不安を抱えて多感な時期を過ごしていた。
そんなとき、テレビでロシア(当時はソ連)のある田舎町で、HIV患者の療養施設を巡る騒動が起きているというニュースを目にした。年老いた女性が、その療養施設の方を指差して言うには、「あそこから生活排水がこちらに流れて来る。HIVのウイルスもその水に紛れて流れて来るんだ。あの施設のおかげで、私たちまで危険に晒されてしまうんだ」
このような例を見ると、如何にして差別が生まれて行くのかが明確に理解できる。このケースに関しては、その問題に関しての知識がほとんど皆無であることが、文字通り「いわれのない差別」へと繋がっていたのだ。
私は大学受験に際して、東京の四谷にある、とある予備校に通っていたが、そこの講師がしばしば、「知らないことは罪なんだよ」と言っていて、当時の私はなるほどと納得していた。知らないことで要らざる偏見や先入観が生まれ、それが差別へと繋がって行くなら、私たちはできるだけ多くの物事に関心を持ち、その問題に関する知識を深める努力をしなければならない。
「無知であること」は罪深いことであると私も思う。私たちは日々、様々な事象に対する知識を得るための努力をしなければならないのだ。