新たな体験を求め、ある方に紹介していただいたお店に入社。肩書はマネージャーという事でした(私の勉強してきたチェーンのマネージャーとはだいぶニュアンスが違うのですが)ともかくも初の転職という事になったわけです。
業種は和食、日本料理の大型店を展開していて客単価が12,000円という今まで体験したことのない価格帯、折からバブル期の真っ最中のころです。
420席の本店と360席の支店、さらに小型店鮨の店があり、さしずめ旗艦を中心に周りを駆逐艦が囲むという連合艦隊組織の様相を見せていました。
基本は接待需要に対応するスタイルで当時の経済環境に見事にはまった経営がなされているといった印象でした。
そこでは私が培ってきたマネジメントスキルなどあまり意味なくて、ともかくお客様の満足度が優先される世界でした。従来接待の役割を担っていた料亭の減少、店舗の老朽化に見舞われアメニティ度の低い環境に甘んじていた店に変わり新進気鋭の若き経営者兼料理長として腕を振るっていた社長(40代後半)
の号令によりこの店舗群は売上作りに邁進していたのです。
接待用の個室を中心にした客席構成、5階建ての建物の中の2階と3階部分がそれで1階は大型いけすを中心にしたカウンターと、座敷テーブル席合わせて120席ここは基本予約なしでも可能なのですが連日予約で満杯。ランチ時間が終わるころ午後3時にはレジの中に札束があふれているという状況。それでマネージャーの私がその金を5階の事務所金庫まで運び上げる、代わりの釣銭をもって一階レジに設置。ともかく1階部分だけで日商100万越え、接待による売上はざっとその二倍から終末となると三倍となるのですから平日で300万週末で400万という怪物店でしたし、飲食以外のお土産の売上もそれに加算されるということです。言い忘れましたが4階は150名収容の大宴会場です。
支店はといえば360席というスペースの分だけ旗艦店よりは劣るもののそれぞれが8掛けの売上で、この二店は歩いて行ける距離にあり、それぞれ
9000万と6500万の月商でありそれにプラスして小型店のすし、カウンターだけの営業で月商1000万越えが二店舗それも目と鼻の先にあるのです。という事で簡単にいって全店の月商が普通の繁盛店の1年分ということになるわけです。お土産持ち帰りの分が加わりずばり月商2億という超繁盛店の会社に入ったという事なのです。
過去の料亭のダウンサイジングの価格・・おそらく接待価格としては料亭の半額程度であり店舗の雰囲気もしっとりとしていながら豪華なもので、そのほとんどの部屋が掘りごたつ式。官公庁、地元の大企業の支社長、中小企業のオーナー、季節によって大相撲のたにまちご用達、文化人からスポーツマンといったお客さまで賑わっていました。
その中での私の存在、社長の思惑の中での私への期待とは一体何なのでしょうか、最初の3か月は見習いよろしく、全体をみとってくれという感じで日々各店の現金を回収し事務所の金庫に入れるといった作業と、お客様の顔と会社とを覚えるという日々を送っていました。本質的に料理を原価として見ていた私が日本料理の技能技術に心がひかれていったのも事実でしたし、そのせいか現場の料理人とのコミュニケーションもスムーズにとれるようになって行きました。そのことが社長にとってうれしかったようで、少しずつ私に話、経営方針についてぽつぽつとしてくれるようになりました。
社長自らの生い立ちから、中卒で板前修業に入ったこととかこんな大型店を作れたいきさつなどいわば会社の歴史を教えてくれるようになったのです。
概要は紹介いただいた方にきいてはいたのてですが、やはり生の声は重要であります。
新たな体験に関しての所感 次回へコンティニュー
ということで今日の落書は👇