外食チェーン企業を辞すると決めた背景としてはいつのころからかお客が数字に見えてきた、従業員がマンアワー(労働時間)という認識になった、料理が原価になってきた、客数というデータとしてしかお客が見えなくなったということから始まり企業全体が貸借対照表、損益計算書という帳票となった。
これって正しいのでしょうか、人と人との関わり合いがこのビジネスの本質ではなかったのかとの想いがあったからなのでした。
チェーンストアは人をM/Hとしてとらえ、数字を生む機械として扱ってきた。
成長するために会社が促すことは配置転換(頻繁な転勤)と自己啓発のすすめであり主だった社内のキャリアプランは人を使うマネジメントスタッフかただ働くワーカーのいずれかといった構図によってはっきりと区分けされていたこと
特にチェーン発祥の地米国のそれは厳しく支持する人とされる人の差が歴然であって、ワーカーは指示された以外は何もしないのです。
明確な指示と指示通りの作業を繰り返すというのが米国式
ところが、元来の日本人は基本的にあいまいな指示の中で包括委任という思想が根強く、それぞれの労働者の創意工夫の余地があるというのが日本式経営の骨子であったところに、出現したのがチェーンストア理論・・・根本的に日本人に不向きだったのではないか・・・
米国というお国柄の特徴は、そもそも移民によって成り立っているわずか二百数十年の歴史しかなく、言葉も文化も異なる人たちをまとめ同じ方向に向かせるためには強力なマネジメント力が必要だったという背景があったものと思われます。だからマニュアルと画像と数値によってコントロールしてきたのであります。
オペレーター(作業員)は目を光らせていないとさぼる、金を盗む、材料を盗む、のでシステムによって防御しなければならない。性悪説にちなんだマネジメントを余儀なくされていると、米国から派遣されてきたスーパーバイザーは言ってました。レジの際に「一万円はいりまーす」とはその名残のグリーティングかな?
いずれにしてもこの環境下ですぐれたマネジメントスタイルが出来上がっていったのも一方では事実であります。
それは厨房の設計思想にも反映されています。バックヤードという食材を保管するスペースがあります。そこにはドライストレージ、冷蔵室とその奥に冷凍室という具合になっていてそれぞれに鍵がかかるようになっています。
マネージャーはその保管場所から当日使用する材料をあらかじめ計画されている量を引き出しプレパレーションスペース(仕込み場所)に置き各ワーカーに指示書を渡した後施錠します。
この時に役立っているのが以前話した「時間帯別、客数別の商品使用率」というデータを駆使するわけです。これをプロダックスミックスと呼んでました。
かのような科学的な分析がここで役立つのですが。
なにより人に対する心構えに違和感があり、自らはこの外食企業だけでは業界人として中途半端に終わりそうだったため離脱を決意したのです。
コンティニュー・・・次回は新天地でのお話ということで
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