「運命の人」って、もしかして待つものじゃないのかも
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占い
こんばんは。丸山修平です。
週末の夜ですね。
今日は一日中、桜の開花情報が気になってしまって、
何度も天気予報アプリを開いてしまいました。
占い師なのに、桜の開花は占えないんですよね。
気象庁のほうが圧倒的に正確です(笑)
でもね、開花予想を見ながら、ふと考えたことがありました。
「運命の人って、いつ来るんだろう」
これ、本当によく聞かれます。
私も若い頃、ずっと待っていた気がします。
「いつか現れるんだ」って、胸をときめかせながら。
道端で目があった人に勝手に運命を感じたり、
占い師なのに、自分で自分を占って「今日こそ!」ってなったり。
来ませんでしたけどね、なかなか^.^
先日、こんなご相談がありました。
「先生、私はずっと運命の人を待っています」
「でも、なかなか現れなくて、そろそろ諦めたほうがいいですか」
この言葉を聞いて、私が感じたのは「待つこと」への真剣さと、
同時に「待つこと」がもたらす少しの息苦しさでした。
簡単に申し上げますと、私の感じ方ですが。
「運命の人」って、待つものではないのかもしれません。
待っている間、私たちはどうしても「来るべき人」に意識が向きすぎて、
目の前にある小さな出会いや、今いる人の温かさに、
気づきにくくなってしまうことがあるんです。
まるで、駅で誰かを待っているとき、
周りの景色が全部ぼやけて見えるような感じ。
来るべき人だけに集中しすぎて、
そこに咲いている花にも、きれいな夕焼けにも、
気づかないまま時間が過ぎていく。
私は思うんです。
「運命の人」って、待って現れるものじゃなくて、
「あなたが自分らしく生きている場所に、自然と現れるもの」
なんじゃないかなって。
あなたが好きなことをしているとき。
友達と笑い合っているとき。
仕事に夢中になっているとき。
何気ない日常を、あなたらしく生きているその場所に。
ふと気づいたら、そこにいる。
そんなイメージです。
だからね、もし今「運命の人、まだかな」って待っているなら。
ちょっとだけ待つことをお休みしてみませんか?
週末の夜、行ってみたかったお店に行くとか。
読みたかった本を読むとか。
久しぶりに友達に連絡してみるとか。
あなたの好きなことで、今日を埋めてみる。
そのほうがきっと、
運命の人に出会ったときに、
「待ってました!」じゃなくて、
「あ、あなたもここにいたんだ」って、
自然に笑えるような気がするんです^.^
今夜は金曜日。
明日はお休みの方も多いかもしれませんね。
もしよかったら、今夜は「待つこと」を忘れて、
自分の好きなことのために時間を使ってみてください。
私も、さっき開花情報ばかり見ていたのをやめて、
夜桜でも見に行こうかな。
誰かを待つんじゃなくて、桜を愛でるために。
それだけで、なんだか心が軽くなりそうです。
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