あなたも、大切な人の気持ちと、自分の決断のタイミングが噛み合わない瞬間に、立ち止まったことはありませんか。
静かな部屋の空気を震わせるように、彼女は深く息を吐いた。
机の上には、家庭裁判所から届いた離婚調停の通知書。
それを、偶然にも小学4年生の息子さんが目にしてしまった——。
「離婚してほしくない」と泣き出した小さな声は、母親である真美子さんの胸を、じわじわと締めつけていた。
「……将来的には離婚はしたいんです。でも、今じゃないんです」
真美子さんはそう切り出した。
半年ほど前から、元夫には別の女性がいるらしい。
今年の春には同棲を始めたという。
彼は「息子に定期的に会えないから離婚したい」と繰り返すが、
本当の理由は別にあるのではないか——そんな思いが、真美子さんの中にずっとあった。
息子は今、父に会いたくないと言っている。
理由は単純だ。
父が約束を破り、心を裏切るようなことを繰り返したから。
「会いたくない」という子どもの意思は、父の主張では「母親が会わせないから」にすり替えられ、
離婚理由の材料として使われている。
「将来、息子が大きくなってからなら……その時は離婚してもいいと思ってます。でも今は、息子の傷が生々しいままなんです」
僕はしばらく沈黙した。
外の風の音が、部屋の中の緊張をやわらげるように通り過ぎていく。
「じゃあ、息子さん本人から直接、お父さんに“離婚してほしくない”と伝えてもらうのはどうですか」
僕はそう提案した。
大人同士で勝手に決めた離婚よりも、本人の言葉を記録に残すこと。
たとえ結果が変わらなくても、「自分はちゃんと伝えた」という納得感が残る。
真美子さんは、少し目を伏せて考え込んだ。
「……たしかに、その方が息子にとっても納得できるかもしれません」
彼女の懸念はもうひとつあった。
離婚すれば、面会の回数が“月に何回”と拘束力を持って決められる。
子どもが会いたくないときでも、会わせなければペナルティが発生する可能性がある。
「泣いて嫌がる息子を、法律だからと連れて行くことが、
本当に“子どものため”になるんでしょうか」
その問いには、僕も簡単な答えを持っていない。
さらに話は財産分与や慰謝料、元夫のアルコール問題にも及んだ。
彼は依存症を思わせるような症状を見せ、息子との約束よりも酒を優先する日もあったという。
それでも息子は「パパとママに一緒に暮らしてほしい」と言う。
無理だと分かっていても、ささやかな希望を手放せずにいるのだ。
僕は最後に、ゆっくりと彼女に言った。
「今は、“同じ方向を見て頑張ろう”と息子さんに伝えてください。
離婚しないために、一緒にできることをやってみる。
それでダメだったら、そのときは“できるだけのことはやった”って納得できるはずです」
彼女は、小さくうなずいた。
その横顔に、母としての迷いと、支え続ける覚悟の両方が見えていた。
【3つのポイント】
1.子どもの気持ちを、本人の言葉として残すことで、納得感が生まれる
2.親同士の判断だけでなく、プロセスに子どもの声を組み込む
3.「待つ」という選択が、最善のタイミングをもたらすこともある
【僕からの問いかけ】
もしあなたが真美子さんの立場だったら、
子どもの希望と大人の事情がすれ違うとき、何を優先しますか。
今日だけ、“できることだけ、少しだけ”——それだけでも十分かもしれません。
(※このストーリーはサブフィクションであり、個人情報保護のため一部内容を脚色しています)