あなたも、「なんで自分だけ、こんなに何もかもうまくいかないんだろう」
そんな夜を、こっそり過ごしたことはありませんか。
家族関係がこじれたり、新しい土地で孤独になったり。
働きたくても続かない、頼れる場所も冷たくて、
「もう全部ダメかも」って思ってしまう夜。
僕も、ときどき“出口のない迷路”に迷い込んだ気持ちになることがあります。
でも、ほんの少し見方を変えたとき、
不思議と心がふっと和らぐ瞬間があるんです。
「なんで私だけ、こんなにうまくいかないんだろう…」
夜、部屋の片隅で、幸さんはそんな言葉をつぶやいていた。
家族ともめて、知らない街に引っ越してきた。
最初は「きっと大丈夫」と思ってたけれど、
環境の厳しさに、だんだん心も体も疲れていった。
仕事も長く続かない。
恋愛もうまくいかない。
何をしても“うまくいかない”方に転がっていく気がしてくる。
誰かに相談してみても、「それは甘えだよ」と冷たくあしらわれる。
誰にも分かってもらえず、気持ちが沈んでいく。
やがて動けなくなり、ベッドから出られない朝が続くようになった。
新しい職場では、田舎特有の閉鎖的な雰囲気が漂っていた。
「この仕事、初めてなんです」と伝えても、
「もう年齢的にできるでしょ」と教えてもらえない。
「地元じゃない人は苦手なの」と、心の壁を感じる日々。
何度も面接を受けても、なかなか採用されない。
ハローワークの窓口も、まるでマニュアル通りの機械みたいな対応。
「若いからまだまだ探せますよ」
「今は自分の力でなんとかする時代です」
――その言葉に、どこか現実味もぬくもりも感じられなかった。
生活保護を受けても、心は安まらなかった。
アパートの下の階からは毎日のように大きな音。
管理会社も大家さんも、市役所も「動いてくれない」。
「あなたが動いていないからですよ」
そう言われても、もう自分を動かす力が残っていなかった。
それでも、病院に行って診断書をもらった。
けれど「3ヶ月ごとにまた出してください」「出しすぎると対応できません」
どこへ行っても、結局たらい回し。
「生活保護なのに貯金して引っ越ししなさい」
「ギリギリの生活でどうやって…?」
気づけば、どこにも「本当に助けてくれる人」はいなかった。
どうしても、すべてが“敵”に見えてしまう夜。
僕は、そっと問いかけてみた。
「幸さん、もしかして…全部を“問題”として背負いすぎていませんか?」
ちょっとだけ、発想を変えてみる。
「問題=イベント」と見立ててみたらどうだろう。
“また来たな、このイベント”。
ゲームみたいに、「どうクリアしよう?」と考えてみる。
たとえば、理不尽な役所や職場のやりとりも、録音して証拠を残す。
「どこが問題なんですか?」と冷静に尋ねる。
「他の方と話せますか?」と頼んでみる。
それでもだめなら、「もっと上の人」に相談する。
一つ一つは大きな壁に見えるけれど、
視点をちょっとずらしてみるだけで
“自分の装備を増やしていく冒険”になるかもしれない。
「先のことばかり考えて、今どうしたいか、見えなくなっていました」
幸さんは、ぽつりとつぶやいた。
「今日できることは、本当に小さくていいんです。
“どうせ私なんて”と思う夜こそ、“じゃあ今、何ができるかな”って問い直してみて。
一歩だけ進めたら、それで十分。
もし疲れたら、また休んでいいんです」
“このイベント、どうクリアしようかな”――
そんなふうに心の中でつぶやいたとき、
ほんの少しだけ心が軽くなる瞬間が生まれる。
夜を越えたその先に、また明日が来る。
やり直しは、いつだってできるから。
【3つのポイント】
1. 「全部ダメ」じゃなくて、“小さなイベント”に分けてみる
問題が押し寄せても、一つずつ“今できる工夫”で向き合ってみる。
2. 相手が頼れなくても、「自分の装備を増やす感覚」で
理不尽な相手や制度には、証拠を残す・伝え方を工夫するなど、
“自分だけの武器”を少しずつ増やしていく。
3. 「先のこと」より、「今ここでできる一歩」に目を向ける
疲れたら一休みしてもいい。小さな行動を選び直せば大丈夫。
“正解”じゃなく、“自分なり”でOK。
【僕からの問いかけ】
あなたはいま、どんな「イベント」の途中ですか?
全部がダメに思えても、“今この瞬間”にできることは、きっとひとつだけ見つかります。
今日だけ、「大きな問題」を「小さな冒険」と呼んでみませんか?
がんばりすぎなくても、できることだけ少しずつで、十分です。
※この物語はサブフィクションであり、個人情報には十分配慮しています。