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#10 「成長する」ということ

「こんな自分じゃダメだ」うまくいく日もあれば、うまくいかない日もある。頭では分かっているのに、そう感じてしまうこと、ありませんか?人はどうしても、数字や結果といった目に見える変化にとらわれがちです。しかし、本質的な人の成長は、数字などでは測れないものなのではないでしょうか。うまくいかない日にどんな自分でいられるか「成長」と聞くと、できなかったことができるようになることや結果が出ることを思い浮かべがちです。もちろん、結果や成果を追い求めることも大切でしょう。でも、きっとそれだけではないはず。私は、今年も全国大会出場を目標に卓球を続けているのですが、どうしても調子が出ない日というのがたびたび訪れます。正直、落ち込むし、投げ出したくなるくらい悔しい思いをすることもあります。でも、そんなときこそ試されているのかもしれません。うまくいかない日はうまくいかない。そんなときに 言い訳を言い、不機嫌をまき散らすのではなく、うまくいかなかった部分を反省し、修正していけることが立派な「成長」のひとつなのかもしれませんね。逆境のなかでこそ見える成長調子がいいときは、誰でもそれなりに機嫌よくいられることでしょう。問題は、うまくいかないときです。努力しているはずなのに結果がついてこないと、悔しさや、恥ずかしさ、情けなさなどさまざまな感情があふれますよね。そんなとき、つい表情が硬くなったり、言葉がきつくなってしまうこともあるかもしれません。余裕がないときに、自分をどう扱うか。まわりの人にどう接するか。状況は変わらなくても、行動の選択肢は常にわたしたちのなかにあるはずです。さいごに成長するとは、「うまくいか
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#12 うまくできるか、不安なあなたへ

「うまくできなかったらどうしよう」新しいことに挑戦するとき、どうしてもそんな不安が頭をよぎりますよね。やってみたい気持ちでいるはずなのに、自信が追いつかない。失敗したらどうしよう。期待外れって思われたくない。そんなふうに考えているうちに、挑戦したい気持ちまで小さくなってしまうことも。本当にこわいのは「失敗」ではなく、やってみたかったのに動かなかった自分をずっと引きずることなのかもしれません。ダサい自分と出会えた経験こそ宝物♡実は私、ご縁あって今度地元でスポーツ教室を開きます。もちろん、不安はあります。というか、不安しかないですね(笑)ちゃんとできるかな。うまく教えられるかな。そもそも人は来てくれるのだろうか?やってみます!と勢いよく引き受けたものの、考えるのはそんなことばかり。でも、もし「失敗」を恐れてやらなかったら、その後にはどんな感情が待っているでしょうか。ああ、引き受けなくて良かった。これで失敗することもなければ、傷つくこともない...そんなふうに思えるものでしょうか。傷つきたくない、失敗したくないから挑戦しないという選択は、自分で自分の可能性にふたをしてしまう行為と変わりありません。全力で向き合った結果、うまくいかなかった。思ったとおりに行かなかった。そんな「ダサい自分」は正直、かなり恥ずかしいものです。でも、うまくいかなかった経験って、あとになって振り返ると不思議なくらい自分を強くしてくれる。本気で取り組んだ人にしか見えない景色があるし、本気で転ぶことで学べることもあるのだと思います。だから、まずはこのような経験を与えてくださったことに感謝を忘れずにいたいですね。挑戦
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#13 社交辞令は苦手でいい

「今度ごはん行きましょう」「また連絡します」など社交辞令っぽい言葉に、なんとなくの違和感を感じたことはありませんか?と、いいつつ私もついついやってしまったりするのですが (泣)言ってもらえるのはうれしいけど、どこか軽く感じるような。そして、結局その「今度」は来ないまま終わることも多いですよね。社交辞令は、感じよくその場を締めるために使うあいまいな言葉として認識されていることでしょう。一見、相手を気遣っているようにも見えますが、実際は何にもお互いのためになっていないのかもしれません。社交辞令と思われた瞬間、言葉の価値は下がる人はきっと言葉そのものではなく、「そこに本心があるか」気になるもの。その言葉に本当に気持ちが乗っているか、気になりませんか?言ったことをそのまま放置していては、期待してくれていた相手を失望させることにもつながりかねません。「社交辞令」が一概にわるいものとも思いませんが、気持ちが乗らないような言葉で心が深く通い合うことはなく、関係も発展しないでしょう。その気があるのなら、ありきたりな言葉ではなく、具体的に自分の言葉で素直な誘い方をしていきたいですね。あなたと会いたいを伝えたい本当に会いたい相手を前にすると、不思議とうすっぺらい言葉を使いたくなくなるものです。単に「今度ご飯でもいきましょう」ではなく、「△△に素敵な場所を見つけたんです。来月あたり一緒にどうですか?」と具体的な情報をひとつでも入れると、相手にも気持ちが伝わり、実現もしやすくなるでしょう。本当に予定を立てたいのなら、具体的な情報と共に「会いたい」を伝える。むずかしかったり、気分が乗らなかったら、相手に
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#14「強さ」ってなんだろう?

「強い人になりたい」「強く生きたい」そう思ったこと、ありませんか? 私は何度もあります(笑)特に現代における先の見えない変化の多い時代では、「自分を見失わないように」と強く生きる必要性をひしひしと感じます。しかし、そもそも「強さ」とはなんなのでしょうか?傷ついても平気そうな人。人に振り回されない人。自分の意思で行動できる人... かっこいいですよね。でも本当の強さって「無敵な人」に近づくだけではないのかもしれません。強い人は「違いを受け入れられる人」本当の意味で強い人って、「自分と異なる考え」を否定しない人のだと思います。「人と自分とは違う」という当たり前でいて、つい忘れてしまいがちなことを、本質まで理解し、日々大切にしているのでしょう。ですから、人との違いを責めたり、相手を自分の思うとおりに変えようとすることもありません。「あなたはそう感じるんだね」「そっか、そういう考えもあるんだね」と、自分との「違い」を自然に受け入れることができます。人間関係でも恋愛においても、苦しくなる時って「分かってほしい」が強くなりすぎるときだったりしませんか。でも、人はそれぞれみんな違います。育ってきた環境も。大事にしているもの・ことも。だから、分かり合えないことがあっても当たり前。「相手を否定しない」を選択できる人は周りにも安心感を与えていることでしょう。弱い人ほど自分の正解を人に押し付ける反対に、心に余裕がない時ほど人は「自分の正解」に執着することでしょう。「普通はこうでしょ」「なんでこうしてくれないの?」「こうするべきなのに」そんな言葉も増えていく。実はそれって、きっと「相手をコントロールし
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#11 私以外、みんなしあわせに見える

SNSを開いた瞬間、だれかのしあわせそうな写真が目に留まる。結婚しました。旅行に行きました。仕事が充実しています。そんな投稿ばかり。だれかと比べたいわけじゃないのに、気づけば比べて落ち込むことはありませんか?仕事もプライベートも順調な人を見ると、「素敵だなあ」と思う反面、少し羨ましかったり、妬ましく思ってしまうことも。でもそれはあくまで、「そう」なのでしょう。しあわせ「そう」、順調「そう」とあくまで自身の見方のひとつにすぎません。本当のところはきっと本人にしか分からないのだと思います。見えているものだけが、その人じゃない私たちはついつい、他人の「見えている部分」を見たいように捉えて判断をしてしまうようです。本当は、誰にも言えない焦りをかかえているかもしれない。夜、ひとりで泣いているかもしれない。うまくいっているように見えて、必死に自分を保っている人なのかもしれない。羨ましい、妬ましいと感じる相手のことを、私たちは何割知っているのでしょうか。きっと、ほんの一部でしょう。人は自分自身のことですら、半分も理解できていないものです。本当は何が好きなのか。なにを求めているのか。そんな私たちが、人の本当の想いに触れることは難しすぎることでしょう。しあわせは常に自分のなかにあるまわりがしあわせそうに見えるとき。それは、相手に特別いいことがあるというより、自分のしあわせに気づけない状況であるだけなのかもしれません。今日もいい天気だとか、気軽に連絡を取れる友達がいるとか、しあわせは感じようと思えばいくらでも感じられるものでしょう。誰かの人生は遠くから眺めると、キラキラして見えるのかもしれません。
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被害者意識が一瞬で変わる捉え方

昔私は被害者意識がとても強かったんです。〜された!〜って言われた!〜してくれない!とよく腹を立てていたもんです。「被害者な私」というあり方で生きていたので、”加害者”の立場になってくださる方があっちにもこっちにもいらっしゃいました(笑)〜されたと思うことが起きるたびに「コノヤロウ💢」と怒りが湧き上がってきていました。だって自分が損をしたような気持ちになるし、自分を蔑ろにされているように感じていたから。目の前の出来事や人は自分の内側を投影するもの。言い換えれば、自分が自分に与えていたもの。自分が加害者でもあり被害者になるという、1人で何やってんの?と言う状態。普段から自分を尊重し、大切にすることはもちろんです。でもそうしていたって「コノヤロウ💢」と思うことは起きたりするもんです。そんな時、「〜された」を「〜してあげた」という捉え方をするようになりました。〜されたは外側から得る捉え方。〜してあげたは自分の内側から出す捉え方。若い頃は、目の前をゆっくり歩く人に対して「邪魔!!」と思ったりもしました^^;「あなたのせいでペースを乱されている」「邪魔されている」と思っていたからですよね。他人や状況に翻弄されているように感じ、とても嫌な気持ちでした。だから、待ってあげる譲ってあげるのんびり歩かせてあげるそんな風に思えると、人や状況を大きく包み込んでいるような気持ちになりました。「邪魔!」という気持ちで追い越していくこともできますし、〜してあげるという気持ちで追い越していくこともできます。「邪魔!」と思う気持ちを否定しているわけではありません。そう思う自分も○です。ツンツンしてて可愛いと思え
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【実験2】念広告テストを途中テコ入れ

昨日実施した念広告テストの進捗を確認したところ、念を入れた広告の方がCPM単価が悪くなっていました。念を入れたバージョンBの広告を再度確認をしたら、バージョンAよりもBの方がマイナスの影響を受けていました汗昨日、カフェでざっくり適当にやったので、逆にマイナスになっていたようです。ちゃんと、環境も気持ちも整えて実施しないとマイナスになることもあるということを身をもって実感しました。反省。コロナ交渉のようにマイナス念の影響を交渉するのは、対相手がいるのでやりやすいですが自分が念を入れるとなるともっと慎重にやらないとですね。テストに関しては再度、念をリセットしてデフォルトに戻して、再度念を入れ直しました。今度は実施後にAよりもBの方がプラスになっていたので、テストやり直しせずにどうなるかを引き続き実施していきたいと思います。まだ、テストの途中で結果は出ていないですが、自身がどういう存在・気持ちでいるかで、その念と同調した人が良いと反応をするんだなと良い学びになりました。モノや情報など対相手がいる場合は、マイナスの影響を取るのはかなり経験値を積んでいますが、自分の念をモノや情報に入れるのはその瞬間にどういう状態、環境などシチュエーションかが重要ですね。自分のあり方もビジネスの影響に大きく影響するということを身をもって体感したので自分のアウトプットに責任をもってやっていきます。テストログ:【実験1】念広告テストをスタートしました。https://coconala.com/blogs/3456437/245658
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【自己開示】なぜ私はアニメ・マンガを語るのか?「孫悟空」になれなかった私が夢の正体に気づいた日

おはようございますマンガ・アニメが伝えるメンタル予防の専門家「心のクセ“リメイク”コーチ」✖「精神保健福祉士」オサレビト光です。心の秘密基地へようこそ普段、私はこのブログではマンガやアニメのキャラクターを通して、メンタルや生き方の話をしています。「ただのアニメ好きの考察ではない?」そう思われるかもしれません。しかし私にとってアニメやマンガを語ることは、単なる趣味ではありません。そこに私の理想の生き方、哲学、そして「祈り」が全て詰まっているからです。キャラクターたちが発する言葉それは私自身の魂の叫びであり、私の言葉そのものなのです。今日は少し、私自身の話をさせてください。かつて「夢が叶わないこと」に怒っていた私がどうやってアニメ・漫画のように「人生という物語の伏線」を回収したのか。これはかつての私のように「自分は何者にもなれなかった」と苦しんでいるあなたへ贈るリメイクの物語です。卒業アルバムに書いた「嘘」への怒り私にはずっと許せないことがありました。それは「夢を描いても叶わない」という現実です。人によっては気にしていないことかもしれません。または忘れていて、それすらも気にしないようにしていることかもしれません。私の幼稚園の夢ドラゴンボールの「孫悟空」でした。当時の私は具体的にどうすればなれるか、本気で考える力はありませんでした。知識もありませんでした。小学生になると野球が好きになり「野球選手」小学校の卒業アルバムには友達のマネをして「科学者」と書いて(思い浮かばず、空欄が嫌だった)大学生の時は、小学生の時にお世話になったリハビリの先生にあこがれ、「理学療法士」を目指しました。今ま
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2026年を、どんな自分で過ごしたいですか♪

こんにちは 目標達成コーチ®yokoです。 このブログでは、 「このままでいいのかな…」 ふと立ち止まりたくなるとき、 思い込みや“ちゃんと”をほどきながら、 “自分らしい生き方”を見つけるヒントを お届けしています。 新しい年が 始まりましたね。今年もよろしくお願いいたします。年明けというと、 「今年の目標を立てなきゃ」 「ちゃんと計画しなきゃ」 そんな空気を 感じることもあるかもしれません。 本日、2026年1月7日は、 「新しい目標」の検討に “最適な暦”のようです。 でも、 目標や行動を決める前に、 少しだけ立ち止まって、 考えてみて欲しいことがあります。 それは、 「2026年を、 どんな自分で過ごしたいか」 今回は、この問いについて、 考えてみたいと思います。 どんな自分でいたい? 何を達成するか。 何を手に入れるか。 その前に、 まずは 「どんな状態の自分でいたいか」 を想像してみてください。 たとえば、 ・いつもより少しだけ、  人にやさしく接している自分 ・無理なお願いに、  「今は難しい」と言えている自分 ・小さなことで、必要以上に  イライラせずに済んでいる自分 大きく変わった自分、 でなくていいのです。 今の延長線上にある、 少し心が楽な自分。 その自分を思い浮かべたとき、 「いいな」 「こうでいたいな」 と、ほんの少しでも感じられたら。 それが、 今年の大切なヒントになります。 大切にしたいこと 「こういう自分でいたい」 「こんな一年にしたい」 そう思えたら、 次にこんな問いを 向けてみてください。 ・その自分でいるために、  大切にしたいことは? ・
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過去の意味さえ、変わる。

満員の終電。明日の資料があと少しだからと仕上げにかかる。酒臭いおじさんが「ここまで仕事する?」と。社畜と言われても仕方ないあの頃。苦しい、辛いと思ってた。でもあの頃の頑張りが、今の瞬発力や集中力につながり、俯瞰する余裕を作ってる。必要だった経験。今の在り方で過去の意味さえ変わる。
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共感の真実

共感は単に感受性があるかどうかで決まるのではなく、自分自身の感情を受け入れられるかどうかで決まる側面がある。 もし自分のなかにある憎しみを受け入れることができなければ、他者の憎しみを受け入れることができない。自分のなかの悲しみを受け入れることができなければ、他者の悲しみを受け入れることはできない。 すべては自分のあり方で決まる。自分のなかの真実をみることができる者が、人のなかにある真実を見抜くことができる…
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