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995.「死ぬってどういうこと?」 わが子に聞かれたらどう答えるべきか…

「死ぬってどういうこと?」 わが子に聞かれたらどう答えるべきか… 子育てアドバイザーが示す“望ましい伝え方” あなたは、子どもに「死ぬってどういうこと?」「死んじゃったらどうなるの?」と質問されたことはありますか。家族や親戚、ペットが亡くなったときなどにそう問われ、「正直、どう答えればいいのか困った」「うまく答えてあげられなかった」という経験のある親は少なくないのではないでしょうか。  ネット上でも、「難しい」「娘に『おばあちゃんはどこに行ったの?』と何度も聞かれたなぁ…」「はぐらかして答えるのもどうなんだろう」など、「死」について関心を持ったわが子に対し、どう答えたらよいのかと悩む親の声が見受けられます。 「死ぬってどういうこと?」「死んだらどうなるの?」…わが子に問われたとき、親はどう伝え、向き合うべきなのでしょうか。子育てアドバイザー・佐藤めぐみさんの見解です。 “袋小路状態”をつくる言い方は避けて 「死」に対する子どもの関心や理解は、4歳を過ぎたあたりから深まるとされています。  ある研究で、4~7歳の子どもたちを対象に、生命を維持させる身体機能についてどれくらい理解しているかを調査したところ、「4~5歳」の半分以上、「6~7歳」のほとんどが内臓の機能を理解しつつ、生命がどうやって維持されるのかを説明することができたそうです。この結果からも、4歳過ぎから「死」のことを少しずつ理解しはじめ、6~7歳くらいで理解できていることが多いことがうかがえます。  子どもに「死ぬってどういうこと?」「◯◯はどこに行ったの?」と問われたとき、「お星さまになって、お空
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宝くじについて思う事(8ハウス編)

宝くじは誰しも、一度くらいは当たらないかなと思ったことがおありだと思います。セレブの方々は分かりませんが(^_^;)さて、西洋占星術の中で、もしも人生を左右するような高額当選があった場合、それは出生図(ネータル)に出ているはずです。出生図はこの人生をどう生きるのか、どう頑張るのかの取説のようなものですから、人生を左右するような大きな出来事は、出ているはずです。ここからは、自己責任で、(私は責任を一切取りませんので、ご了承の上、お読み、行動もご自身の判断で)お願い致します。出生図のお金にまつわるハウスは2ハウスと8ハウスです。またお金なので、金星を見ます。特に宝くじのようなお金は、自分で購入したとはいえ、当選したお金は、自分以外の他者のお金ですので、8ハウスが示す所になります。金星の状態と8ハウスに入っている天体、8ハウスのカスプのルーラーの状態はどうでしたか?(カスプはハウスの境界線の星座、ルーラーは支配星です。例えば牡羊座なら火星、獅子座なら太陽など)もしも、全て良かった場合、宝くじに当たることがあるかもしれません。しかし、私は宝くじを買う場合には、ご自身で外れても構わない金額、私だったら1枚とか、ワンセットだとかそういう買いかたをおすすめします。なぜかというと、当たる運命にある方は当たるからです。沢山購入する必要はありません。宝くじに限らず、株やFXなど資産を運用する力があるかどうか見て欲しいというご依頼を頂くことがありますが、私にそれを聞く時点で向いてはいないかもしれません。(他の才能は別です。資産運用に関しては向いていない方からのご相談が多いです。夢や才能は必ず伸ばす場
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人間って・・・結婚指輪の行方?

こんばんは。ひかり★です。そういえば・・・・。離婚を経験されている方は【結婚指輪】【婚約指輪】ってどうされましたか?ひかり★は婚約指輪は無かったのですが・・・。結婚指輪は川に捨てたような気が・・・・。だって、いくら石が付いていようが裏に日付とイニシャルなどが入ったものなんて・・・。必要ないし(小声)離婚って、離婚に至る理由は必ず1つではない。それまでの小さな不満が積もって積もって・・・もあるだろうし、あれもこれも相手が悪いと思う人もいるだろうし、逆に全部自分が悪いと思う人もいると思う。お互いに話し合い納得して離婚届けを出す人もいるだろうし、お互いに憎しみあい調停・裁判して別れる夫婦だっている。お金がないからという理由で別れる夫婦もいるだろうし、お金はあるけどパートナーといるのが精神的苦痛という人もいるだろう。人間は産まれたときと亡くなるときは一人。でもね。【生きている限りは常に(対 人)】なんです。自給自足をしている人でも、ホームレスの人でも、親戚全員がこの世にいない人でも・・・。どこかで【人】との関わりは持っています。私はそんなことない!って思っている人・・・。コンビニにはいきませんか?携帯電話はもっていませんか?コンビニのレジだって【人】携帯の向こうSNSの向こうにいるのも人です。もっと言えばコンビニの商品を作った人も携帯電話を開発した人も【人】なんです。だから、絶対に【人】とは関わらないで生きていくことなんてできないんです。恋も、恋愛も、結婚も、不倫も、離婚も、仕事も、日常生活も全て人が関わってきます。結婚に関しては、パートナーだけの話ではありません。パートナーの家族親族
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不完全なもの…

いきなりですが、みなさんにお聞きします。今回のコラムで使用している画像ですが、一部欠けている方に目を奪われませんでしたか?この現象、人の潜在的心理が大きく影響を受けた結果によるものです。では、なぜそのような現象が起きるのかはのちほど説明をするとして、まずは『○(円相)』(えんそう)という禅語の話をしてみます。*****禅語でいう「○(円相)」(えんそう)とは、足りないところも余分なところもない究極の姿。これひとつで世界のすべてを表すことが出来る完全な図形です。始まりも終わりも、生も死もつながって循環していく。こうした流れを実感できたら、思い悩むことも少なくなります。たとえ今、何かが「すっきり」していなくても、いずれは丸くおさまります。 四角四面も時には必要かもしれませんが、疲れてしまうこともしばしば。 あらゆるものが引っかかってしまうその角(かど)をどんどん削っていけば、穏やかな丸い境地が待っています。『角(かど)が立つ』と良く言いますが、その意味は、理屈っぽい言動によって他人との間が穏やかでなくなる。(例:「角が立つ言い方をする」)すなわち「角(かど)」が鋭ければ鋭いほど、他人との間が穏やかでなくなるわけです。三角形 → 四角形 → 五角形 → 六角形 → 十二角形 → ・・・→ 円(えん) と、徐々に「角」が滑らかになると、他人との間が穏やかになっていく という訳です。*****私が伝えたいのは、私達は「円(えん)」に対して、それ相当の意識をしなければ見落してしまいます。なにせ「角」がなくなってスムーズになるから。★「始まりも終わりも、生も死もつながって循環していく。」★「
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人は亡くなる寸前まで育っていく

今日は「人は亡くなる寸前まで育っていく」話をします。人は歳をとっても育つ。良いようにも、悪いようにも例えば、歳をとって、わがままになる人がいる今までは食後に片付けが出来ていたのに食器をそのまま食べっぱなしにして放置する。それが片付いていないと、怒る。この場合、悪いほうに育っていってる。人は、良いほうだけに育つだけとは限らない。悪い方にも育っていく歳をとってからの、育ちはこれまでの人生の総決算に使われるどんなの若い頃に「いい人」と呼ばれていようとも若い頃の育ち方が、そのまま続くとは限らない。それまで自分をころして、我慢しすぎていれば、生きてる間に取り戻そうとする。結果、冒頭のようなわがままを押し通し、人の心や時間や良心を奪ってでも自分を満たすように育っていくそれまでの人生が満たされていれば、人にどうやってお返ししようかどうやって与えていこうかどうやって世界に還元していこうかと「感謝」をエネルギー源に育っていく。「奪う」波動の人は、人がいないと生きていけないのに人が離れていってしまう。「感謝」の波動の人は、自分から求めなくても、人が集まってくる。こうなってくると、生きている次元自体が変わってくるんですね。今、これを読まれている方は、どちらの人生も選択できますもし感謝の波動で生きていきたいとお思いでしたら、次のことを意識してみてください。生きているうちに自分を満たす体が動かなくなる前に自分を満足させる心地よさを、ちゃんと感じる今、自分が満たされていないのに、身を削ってまで、人に与えていると、人生の総決算が近づいた、晩年で取り戻そうとして「奪う人」になってしまいますご自身のチューニング
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山:生きることと死ぬことについて

世界第2位の標高を誇る山K2で日本人の登山家、平出和也さんと中島健郎さんが滑落されたというニュースが報道されてからずっとお二人のことが気になっていましたが、30日には救助の打ち切りの報道が新たにあり、なんだか言葉では言い表せないような辛さを感じています 私はお二人のことについて詳しいわけではないのですが、登山が趣味だった時期もあり、インスタでも登山家や登山好きな人、山関連のアカウントを結構フォローしていて、お二人に寄せたメッセージもあがってきたりしています。 K2の登頂を目指すというだけでも凡人には計り知れないほどハードなものでしょうが、それも前人未到(未踏)のルートでの挑戦だったようで、どのような思いで今回の挑戦をされたのかなと、ふとした瞬間に何度も何度も感じていました。 死と隣り合わせの登山・登攀・・・きっと、素人がちょっと思いを巡らせてみて横からとやかく言うのとは全然違うレベルのエネルギーと時間を注いで、自分の人生や自分にとっての登山、生きること・死ぬことについて向き合われてきたんだろうなと思いました。 そんな登山家たちにとっての山に足を踏み入れる一歩一歩の重みを感じていると、私にとって生きるって何だろう?と感じずにはいられませんでした。 そして、それを日々十分には考えられていないんだな、ということを感じました。   新たな夢を追いかけること、新たな挑戦をすること・・・今の自分の限界や体力・能力や年齢のことを見つめながら、夢を追いかけずに後悔することと、夢を追いかけてそこで敗れる可能性との両方を日々感じながら、大切な決断、選択をお二人はされていったのではないかと思いました
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