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偉人の言葉「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう」

こんにちは(^-^)/節約OL はいるです。今回はあっかんべー?で有名なアインシュタインの残した名言について深掘りしたいと思います!天才物理学者 アインシュタインは多くの名言を残しておりますが、その中の一つに、下記の言葉があります。「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう」聞いたことがありますでしょうか?私はこの言葉を聞いて衝撃を受けました、、!初めてこの名言を聞いたのはシンプリストのTommyさんの書かれた、「シンプリスト生活」という本です。この本は一言で言うと、物を減らして自分にとって大切な物だけでシンプルに暮らそうという本なのですが、このアインシュタインの名言を紹介し、「これって当然必要だよね、と言う我々の常識は、幼少期に両親から引き継いだ偏見かもしれません。そして何が必要で、何が不要かは人それぞれ異なります」と書かれておりました。私はその言葉にハッとし、シンプリストという生き方にとても惹かれました。上ではモノに対しての考えですが、他にも「常識」という呪いにかけられて生きている方は多いのではないでしょうか。働き始めたら3年は勤めるべきだ30代になるまでに結婚しておくべきだ家は買わないといけない定職に就かなければいけない老後のことを考えて貯蓄しなければいけない…ひと昔に比べ、今は自由に生きられる世の中ですが、選べる自由が増えたからこそ、無意識のうちに、こうすべきだ、と自分にとってはよくない選択をしてしまう可能性もあります。いつの間にかに自分を縛り付けている常識と、さよならするためにこの名言を思い出してもらいたいです( ´ ▽ ` )以上、私の好きな名言
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この世界は夢である、という話

何やら忙しくしていて(←言い訳です笑)久しぶりの更新になってしまいました(^^;スピリチュアルではよく、「この世界は幻想である」「この宇宙はホログラムである」「イリュージョンである」「マーヤー(聖なる幻想)である」など、よく言われますね(本当によく言われているんです笑)スピリチュアルでなくても科学、特に量子物理学の世界では、このような見解がもはや常識・当たり前になっています。量子物理学の世界では「人が見ていない時、月は存在しない」などと、言います。今そこにある月は、あなたが見ているその間は存在していても、目をそらし視界から外れるとその存在が消える、ということです。かの天才物理学者であるアルベルト・アインシュタインは「人間の経験は自分の意識による光学的な錯覚だ」と言っています。この言葉などはまるでスピリチュアルですよね。というわけで、この僕らの住む世界は幻想のようなのですが、「幻想だ幻想だ」と騒ぐだけでは、あまり建設的な話は期待できません。「幻想」とか「ホログラム」とか「イリュージョン」とか、いろんな言い方がありますが、私の中では「この世界は夢である」というのが、一番しっくりきます。なぜならば、夢という体験は私たちが普段から経験していることだからです。「この世界は夢である」この文章はいったいどういう意味なのでしょうか?夢というものは、その夢を見ている主体が必要です。その夢を見ている存在、それがあなたです。ノンデュアリティ系の言い方では「気づきの意識」というような言い方もします。まず、あなたという存在がいる。あなたという存在は実在です。幻想ではありません。確実に存在しています。それ
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可能性を狭めてしまう常識を破る

唐突ですが、あなたにとって「常識」とはどの様なものだと考えますか?「あの人は常識がない」「常識では考えられない」「そんなのは常識だ」という言葉はよく聞きます。しかし、それでは「常識とは何か」と尋ねると返ってくるのはあいまいな答えばかりです。では、一体「常識」とはどの様なものなのでしょうか。それは必ず持っていなければならないのでしょうか。そして「常識」から外れることは許されないことなのでしょうか。 「常識」を辞書で調べると、次の様に記述されています。○ある社会で、人々の間に広く承認され、当然持っているはずの知識や判断力。(大辞林) ○普通、一般人が持ち、また、持っているべき知識。専門的知識でない一般的知識と共に理解力・判断力・思慮分別などを含む。(広辞苑) この辞書に記述されている言葉で「常識」とは何かが理解できたでしょうか。私には正直よく理解できません。そこで、もう少し「常識」とはどの様なものなのかを調べていくと、次の様な説明をしているものがありました。 ●常識の中身は、次の3つの要素から成り立っていると考えられます。 『知識』→→社会を自立的にたくましく生きるための基本的要件である「読み・書き」と「衣食住」の対応行動。『良識』→→倫理・道徳観に根差した人間性。これは、いつでもどこでも通用する人類普遍の原理。『見識』→→文化に根ざした安定した行動様式。すなわち、礼儀・作法・エチケット・言葉遣い・しぐさ。これは社会を美しく生きるセンス。さらに、こんなものも。 “アルベルト・アインシュタインの名言” 「常識とは18歳までに身に付けた偏見のコレクションのことを言う」 これは、私の個人
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言葉にはそれまでの人生が詰まっています

アインシュタインの言葉の続きです。アインシュタインは、ユダヤ人でした。ドイツに生まれ、欧州各地で研究者や教授として、物理学上の様々な功績を挙げました。一方、政治的には平和主義で、第一次世界大戦の最中、ロマン・ロランと平和運動について語り合うなどしていました。その彼が、1939年の第二次世界大戦では、原爆開発を進める手紙に署名しました。理由は、ナチスドイツでした。ユダヤ人迫害を続けるドイツが原爆を作ったら大変なことになるという危機感から、それまでの平和主義を捨て、戦争への協力を行いました。結果、ドイツは原爆を完成させる前に、降伏。その後、アメリカは核実験に成功。そして、原爆は日本に落とされました。アインシュタインは、原爆誕生に直接は関わっていませんでしたが、自分の発見した物理学が、悪魔の兵器を生むことになったのを生涯悔やんだとされています。そうした背景があって、第三次世界大戦への可能性について聞かれた質問で、「第三次世界大戦はわからないが、第四次世界大戦ならわかる。人々は、石を投げあって戦うだろう」と答え、戦争が人類の文明そのものを破壊しかねないと警告したのです。言葉はその人の人生を知ると、深さがわかるという例でした。言葉シリーズも今後も続けていきたいなと思ってます。
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アインシュタインの言葉

今日、長男と話していて、思ったこと誰かの言葉の背景を知ると面白い、ということです。なぜその言葉を言ったのか。その言葉の裏にある意味を理解することができたら面白い、ということです。ブログのネタになる、ということです。これは、利己的な感想ですが。で、標題の件。アインシュタインに「第三次世界大戦が起きたら、どうなると思うか」という質問をした記者がいました。アインシュタインは「第三次世界大戦はわからないが、第四次世界大戦ならわかる。人々は石を投げあって戦うだろう」と答えたと言います。これは、世界大戦になったら、今の文明は全て崩壊するということを示唆しています。それは読み取れますが、私は子供と話していて、それ以上にアインシュタインには後悔の念があったのだろうな、と思ったのです。本当は、ここで書いていきたいのですが、ごめんなさい。眠くなってきました。続きは明日の予定。なぜ、アインシュタインは後悔をしたのかについて書きますね。
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こころとからだ

深夜3時。これを書き始めた時間です。 眠剤を服用するも、たまにこの様なことがおきます。 『心と体』のバランスが取れず、この様な現象が起きるのでしょう。 今から、再びベッドに潜り込むのにしても、しっかり覚醒してしまっていては、それも無理。その様な状態なので「物書き」をしてみたいと思います。 私は、現在大量の薬を服用して「平常心」を維持しています。これは、私の本意ではありません。 私の目指す方向は、薬に頼らずメンタルを安定させ「言霊」によって回復・治療に努めたいと思っています。私が『禅語』や『論語』を学びはじめたのも、そのためでした。 『禅語』で馴染みのあるものとして“一期一会”があります。あえてその意味をここで解説することはしませんが、“一期一会”を代表とするように「言霊」には、人の『心(こころ)』に響くものが多く存在します。その多くは『心(こころ)』に語りかけメンタルを浄化するものです。この浄化作用によってストレスを軽減・消去し、健全な『心(こころ)』を取り戻すのです。『心(こころ)』を浄化するものは、なにも「言霊」だけとは限りません。音楽を代表とする“響き”や、香りといった“嗅覚”でも『心(こころ)』を浄化してくれます。“好きな音楽を聴く”“公園や自然の中で草木の香りを嗅ぐ”、その様なことでも『心(こころ)』は浄化されるでしょう。 さて、それでは本題に入りたいと思います。 『心と体』のバランスを取るためには、まず『心(こころ)』を自分の意のままにコントロールできなくてはなりません。先に記述したように、その方法は多種にわたって、また人によって異なります。まずは“自分にあった方法
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価値観

常識とは18歳までに身に着けた偏見のコレクションでしかないこの言葉をご存じでしょうか?アインシュタインの言葉です今私が持っている常識はどんなものでしょうか?その常識で過ごしている日常はどんなものでしょうか?郷に入っては郷に従えその土地(社会集団)に、入ったら自分の価値観と異なっていてもその土地(集団)の慣習や文化にあった行動をとるべきであるこのことわざからも少し、違う環境に身を置くともちろん、その土地に適した判断だったりするのですがいわゆる『常識』って、少し違う環境に入るとすぐに『非常識』にも、なり得るんですね今『わたし』が、持っている価値観は心地の良いものですか?辛いのであれば何か、満たされないのであればその価値観見直してみませんか?『わたし』らしく過ごせるように、今、持っている価値観が今の『わたし』に合っているのか?見つめてみませんか?なぜ今、それを選択したのですか?よりよい人生のために『わたし』について、より、分析してみませんか?
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目が見えないからこそ見えるもの

ダニエル・タメットさんというサヴァン症候群で共感覚を持った人の書いた本のなかで、目が見えなくなってから絵の才能を発揮し始まる人の話が出て来ました。多くの人は、目が見えていたうちは絵の才能があったけれども、目が見えなくなって絵の才能を失った、という人のことは理解できても、目が見えなくなってから絵の才能を発揮し始まる人の話はにわかには想像しがたいのではないでしょうか。しかし、これは私には大いに共感できる話です。ポントリャーギンという数学者がいるのです。ティーンエイジャーのころから視力を失い、目が見えなくなりました。ポントリャーギンの専門は幾何学であり、図形を扱う学問です。「見る」学問です。私にはどうもポントリャーギンには目の見える人には見えていないものが見えていた気がするのです。ポントリャーギンをして大数学者とならしめたものは、失明ではないのだろうか。 ベートーヴェンという大作曲家の耳が聞こえなかった話は有名だろうと思います。多くの人は、「ベートーヴェンは耳が聞こえないにもかかわらず名曲を書いた。すごい」と言うのです。でも私にはどうも違う気がしています。ベートーヴェンは耳が聞こえないからこそあれだけの大作曲家になったのではないか。「耳が聞こえないからこそ書ける名曲」というものがあるのではないか。 (これ、本人の前で言ったら怒られると思いますよ。「なにを言っているのか!オレは耳が聞こえたらもっと名曲が書けるのだ!」と言われた可能性があります。でも私にはベートーヴェンというのは「耳が聞こえないからこその大作曲家」である気がしてならないのです。) 聖書に、生まれつき目の見えない人が出て来
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高学歴女子たちの悩み

あるテレビ番組で高学歴女子数名が出演し、それぞれの悩みを語っていました。 なかなか面白かったので、一部を紹介します。最初の1人は、頭が良いので負けず嫌い、つまりプライドが高すぎて困るとのこと。なんでも一番じゃないと気が済まない。歩く時も小学生なんかとどちらが早く歩くかなんかで競争するとか。大笑いですね。どんなことにでも一番でいることなんか誰にも不可能でしょう。どこかで妥協するしかない。社会に出ていれば段々とわかってくるはずです。そして、プライドの高さと負けず嫌いとは関係がありません。その辺を勘違いしている人は確かに多いようですが。今までこのブログでも何回か説明しましたが、プライドとは自分を捨てて、他人の役に立てるか、それに名誉を掛けられるかです。全財産と夢を掛けて参加したヨットレースで、他の参加者を助けるために優勝を諦めてコースを引き返した人。人生を僻地の人たちに捧げ、それを誇りもせず、巻き込んでしまったと家族に謝る医師。こんな人たちです。それがわからないで、子供と歩きで競争をして、プライドをうんぬんするのはとても頭がいいとは思えません。 次は、記憶力が良すぎて困るという高学歴女子。 彼女は複数のルービックキューブを覚えてから、目隠しをして順に揃えるという競技で女性世界一なんだそうです。 そして、普通の会社に就職しているが、メモなんか取らなくてもすべて覚えることができるのに、新人はメモを取らないと評価されないし、将来の出世にもかかわるのが悩みだとのこと。不思議な考え方ですね。必要がなくても、メモを取る振りくらいすればいいじゃないですか。出世にかかわるのなら。 そんな大した手間で
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#15:あなたの常識は大丈夫? ~「アインシュタイン」と「ゆでガエル」~

たけやんです。  自分の成長のため & 情報のアウトプットを目的に、ブログをはじめました。まったり更新する予定です。 これを読んでくれた方に、少しでもプラスとなる事があれば幸いです。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~みなさんは、日常で「常識」という言葉をよく使っていますか?その「常識」の使われ方としては、「自分を含めて、周囲の人が普通に知っていて当然の知識や考え方」という意味合いではないでしょうか。そして、自分たちと同じ考えを持たない人に向かって「そんなの常識だよ、なんで知らないの?信じられない!」といった風に、相手を否定したり拒絶する時に使われていると思います。そんな方に、ドイツの有名な理論物理学者、アインシュタインの名言をご紹介いたします。『常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションである』【アルベルト・アインシュタイン(1879/3/14~1955/4/18)】人の知識や価値観は、その人が今までに触れた情報が基準となっています。家族や友達、学校の先生、職場の仲間といった人間関係をはじめ、新聞やテレビ、本なども情報源となります。このように、日頃の自分を取り巻く環境から、気づかないうちに「これが当然」という価値観や思考が植え付けられていきます。ですがこれは、あくまで ”自分の周りの人々を対象とした多数決の多い方” というだけであって、それが世界中の人類共通ではありません。だから偏見なのです。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ここでもう1つ、『ゆでガエル理論』という考え方をご紹介いたします。知って
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質問するということ

質問はコーチングがその機能を果たすために大きな役割を担っています。正しい答えは正しい質問によって導かれる。天才アインシュタインは「正しい質問は?」と質問の重要性を理解していました。昔会社の人材開発部にいた頃、コミュニケーション研修やリーダー研修では質問の重要性が必ずと言って良いほど話題になり、「オープンクエスチョンとクローズドクエスチョン」の使い方を参加者に教える場面も多くありました最近、その質問について改めて考える機会がありました。正しい質問とは何?正しい答えがある前提での正しい質問、間違った答えを導く正しい質問???天才アインシュタインの考える正しい質問とは正しい答えを導くためのものではなく問題や課題を解決するための新しい答えを創造する質問という意味ではなかったのかと私は考えています。禅の教えにある「問の中に答えがある」と同じ意味だと。質問するというのは相手に考えることを促すことになります。認知の歪みがあっても新たな問いを投げかけることで古い認知では対応できない新しい答えがクライアントから出てくることもあります。質問とは想像を促し、答えを創造することを可能にするプロセスではないでしょうか?創造するために「正しい質問」をすることは大事です。でも創造に正しい、間違っているという概念があるかという疑問も湧きます。そんなことを考えている時にある本*に「質問とは内容質問とプロセス質問がある」という記述を発見しました。その本はあるプロジェクトを完遂させることを例にしながら「内容質問」と「プロセス質問」の違いを解説していました。「内容質問」・建造コストが●●円にするにはどうすればよいのか
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**アルベルト・アインシュタインにときめいております**

昔から偉人の名言を読むのが好きです。偉人の残した言葉なので重みと説得力があります。ネットで検索すればズラリと出てきますね♪その経緯で、アインシュタインのエピソードや人物像を知りその魅力にメロメロです(*´з`)まず、ちょっととぼけた風格が好きです(笑)天才でありますが、7歳まで文字を読むことが出来ず、学問の中で記憶する勉強が嫌いで教師と喧嘩したこともあるそうです。小学生のころから平和主義で、軍国主義を推し進める二つの学校を辞めています。大学受験も1度落とされています。課目によって成績が極端、物理と数学のみ最高得点であったので入学が許されたとのこと。舌を出した写真が有名で茶目っ気が先行していますが、本来は真面目で大人しい性格だった言われています。もちろん茶目っ気もあり❝毎回同じ講演をしていてうんざりしたとき、ずっと付き添いをしていた運転手が「私は役者をやっていて、あなたの講演は一字一句覚えています。私と入れ替わりましょう」と提案し、面白がって、アインシュタインは一番後ろの席に座り、講演を聞いて役者の演技に舌を巻いた。しかし、本当に舌を巻いたと感じたのはこの後だった。なぜならこのいたずらはしばらく上手くいっていたようだが、あるとき高名な学者が極めて高度な質問をした。アインシュタインはばれたと思ったが、運転手は完全に落ち着き払って最後まで質問を聞いた。そして運転手は「あなたの質問は極めて簡単だ。私が答えるまでもないので後ろに座っている私の運転手に答えさせましょう」といってその場を乗り切った❞(wikipediaより) というエピソードも。これは運転手に拍手ですね(笑)人柄を表すこんな
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コラム57 複利の魔法と自己成長への旅

 みなさんと共に、日々の生活の中で少しずつでも前に進むことの大切さを共有できればと思い、筆を取りました。私は循環器内科医として、人の心臓を扱う仕事をしていますが、今回は別の種類の「心」、つまり私たちの経済的な心臓に焦点を当て、複利の力と自己投資の価値についてお話ししたいと思います。 複利って何? まず、「複利」という言葉について簡単に触れておきましょう。複利とは、投資したお金が時間と共に増えていき、その増えたお金にもまた利息がつく、という仕組みのことです。これは、「お金がお金を生む」状態とも言えます。初めは小さな川の流れのように見えますが、時間が経つにつれて、大きな川、やがては広大な海に変わっていくのです。 具体例で見る複利の力 例えば、毎月3万円を年利5%で投資し、それを40年間続けたとしましょう。最初のうちはその変化はほとんど感じられないかもしれません。しかし、時間が味方についているのです。この積立がどのように成長するか、具体的に見てみましょう。 • 元本総額: 40年間で累計1,440万円を積立てます。 • 利息総額: 最終的には約3,138万円の利息が付きます。 • 合計金額: これらが合わさり、最終的な合計金額は約4,578万円になります。 アインシュタインも認めた複利の魔法 アインシュタインが「複利は世界の第八の不思議だ」と言ったとされるエピソードは、私たちにとって大きなヒントを与えてくれます。この物理学者が、複利の力にこんなにも魅了されたのは、複利が時間と共に静かに、しかし確実に力を発揮するからです。小さな一歩が、最終的には大きな差を生み出す――これは、私たちの生
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聖なる、好奇心。

未来に対する原動力はいつも好奇心。もし、自分がこうなって、社会や人にこんな《価値》や、そんな《ヨロコビ》を生み出せたとしたら、ど、どうする⤴︎⤴︎🤩”聖なる好奇心をもちたまえ。人生を生きる価値のあるものにするために” 〜アインシュタイン〜
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【教養としての読書】ラッセル「幸福論」②

0 1,000円
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与えたもので測られる

人の価値とは、その人が得たものではなく、その人が与えたもので測られる。アルベルト・アインシュタインお金、学歴、資格、人脈などが多ければ、自分の価値を高めることができると思うかもしれません。でも、実際には人は、あなたが人にどう接したかで、あなたがどういう人であるか決めています。(表面上は、お金や肩書きによって態度を変えたとしても。)何を与え、何を分かち合ったか。笑顔を与え、希望を分かち合ったか。私のちょっと不思議なスキルを公表することで、マイノリティの孤独感が和らいだら、嬉しいなぁ私のスキル、もっている情報を提供することで、つながる縁があると嬉しいなぁ
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