絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

5 件中 1 - 5 件表示
カバー画像

私がOL時代に我慢した出来事から学んだ大切な1つのこと

約15年前のことですが、私は、職場でのある出来事を今でも引きずり、心がモヤモヤすることがあります。ある事務処理の完了で、私と上司で終わらせなければいけないものがありました。その処理は、早く完了させないと周囲の仕事に影響する重要なものでした。それが、なんと私は自分のやるべきことを終わらせて、後は上司にお願いしたのですが、その上司は、処理するのをすっかり忘れていたのです。それから、職場のみんなから「どうなってるんだよ!」と、なぜか私が、責められることに(涙)その上司は、私をかばうどころか、私に全ての責任を負わせようと知らんふりをしたのです。「ヒドイ、ひどすぎる・・・」もう悔しいやら、泣きたいやらで。心が激しく揺れ動きました。でも、上司を悪者にするのも角が立つと思い、「大変申し訳ありません」となぜか私が、謝ってしまったんです。そうしたら、「周りから仕事ができない人」「失敗してやらかした人」というふうに、周りから思われ、さらに厳しく私が怒られるはめになりました。当時、理不尽なことで怒られたけど、ぐっとこらえたあの時の出来事。未だに、思い出すと心がズキズキ痛みます。誰かに「実はあの時、上司が忘れていたんです」と、話を聞いてもらい、「そうだったんだね」って認めてくれる人が一人でもいたのなら、私はここまで引きずっていなかったと思います。もう過去のことだから忘れたと思っていても、数年に一度記憶としてよみがえる時があります。あの頃は、まだ若かったこともあり、 他人を悪く言うことに 抵抗があったんですよね。この経験から私は、学んだんです。自分が悪くないことを我慢して自分の責任にすることは、ずっと自
0
カバー画像

「我慢は美徳じゃないと知った」

「我慢」という言葉には、 私たちが思っている以上に 深い背景があるのだと知りました。 それは、ただ“耐える”という意味ではなく、 自分の心を見つめ直すきっかけになる言葉でした。仏教でいう「我慢」という言葉には、 もともと“慢心”という意味があったのだそうです。強い自己意識から生まれる、 「自分のほうが正しい」 「自分のほうが上だ」といった思い。 静かに胸の奥でふくらんでいく、 そんな心のあり方を指していました。 けれど、私たちが日々口にする「我慢」は、 少し違った響きを持っていますよね。 悲しいことやつらいこと、人に言えない気持ちを ぎゅっと握りしめて耐えること。 どこかネガティブで苦しい状態なのに、 「我慢できる人は立派だ」と、 まるで美徳のように扱われることも 少なくありません。 同じ「良くない心」から来ている言葉なのに、 その印象は大きく違います。 仏教の「我慢」は 自分を高く見てしまう心で、 日常の「我慢」は 自分を小さく押しつぶすような心。 真逆のようでいて、でもどちらも 私たちの中に静かに居座ってしまうものです。 「私が我慢すれば丸く収まる」 「言いたいことを飲み込めば波風は立たない」 そんなふうに、自分を抑え込むことが 優しさだと思い込んでしまうこともあります。 けれど、よくよく内側を覗いてみると、 その奥にはほんのわずかに、 “自分が耐えれば状況はよくなるはず” という慢心が潜んでいることもあります。 私自身も、「私さえ我慢すれば」と 自分を犠牲にするような気持ちに浸ったことが 何度もあります。 当時はそれが 「思いやり」や「責任感」だと信じていました。 けれど
0
カバー画像

🌱最近読んだ本から、心に残った言葉🌱

こんにちは、Lumièreの凛です🌸昨日に引き続き、最近読んだ本の中から心にすっと染み込んだ「好きな言葉」をご紹介させてください。読んだ瞬間に、まるで誰かに優しく語りかけられたような感覚になった言葉。もし今、心がちょっと疲れていたり、迷いがある方がいたら少しでも心がふっと軽くなるきっかけになればうれしいです🍀🌼 1.「幸福な人生を諦める」か「自分の心が求めるもの」に気づくか迷って苦しいとき、どこかで「もう仕方ない」と思ってしまいがち。でも、本当は心がちゃんと知ってるんですよね。あなたの“幸せ”は、ちゃんと、あなたの中にある。⸻🌼 2.人生は「ほどほどにポンコツ」がちょうどいいがんばりすぎなくていい。完璧じゃなくていい。つまずいたり、忘れたり、抜けてても大丈夫。“ちゃんとできない自分”も、まるごと愛してあげてほしい🌷⸻🌼 3.「本当の生きやすさ」は、競争や実力とは関係ないところにある社会の中で求められる“能力”よりも自分のままでいられる「安心感」のほうがずっと生きやすさに繋がっているんだと思います。⸻🌼 4.何はなくとも、自分は自分であって大丈夫と思えるか他人と比べなくていい。評価されなくても、役に立たなくても、あなたは“あなた”であることに価値がある。⸻🌼 5.「本当に信頼できる『一人めの大人』を探してほしい」もし、子どもの頃に安心できる存在がいなかったとしても大人になってからでも大丈夫。自分の味方になってくれる誰かと出会えることは、人生の中でとても大きな癒しになります🌈必要な方に届きますように...☺️読んでくださってありがとうございました✨
0
カバー画像

“感謝しなさい”が、私を苦しくしていた理由。

「感謝しなさい」「親に感謝しなさい」「五体満足なんだから、ありがたいでしょ」「食べるものに困らず生きているだけで幸せなんだよ」そんな言葉を向けられるたび、私はなぜか、心が静かに重くなっていった。ありがたい、はずなのに。恵まれている、はずなのに。それなのに、苦しい。つらい。このままじゃ嫌だ。ちゃんと、心の奥では声がしていた。でもその声より先に、こんな言葉が浮かぶようになった。「感謝できない私がおかしいのかもしれない」「私がわがままなのかもしれない」現実のつらさよりも先に、自分を責める癖が、いつの間にか身についていた。一時期、スピリチュアルや精神論の本をよく読んでいた。そこには、たくさんの「感謝」が並んでいた。最初は、救われた気がした。前向きになれる気がした。でも、感謝を意識すればするほど、現実が変わらない自分に、また目が向くようになった。「私の感謝が足りないんだ」「私の心の在り方が悪いんだ」気づかないうちに、感謝は“自分を正すための言葉”になっていた。そんなとき、ふと耳にした言葉がある。「感謝って、心から湧いてくるものだよ」その瞬間、胸の奥が、すっと緩んだ。そうだ。感謝は、命令じゃない。努力目標でも、修行でもない。安心したとき。守られていると感じたとき。無理をしなくていい場所にいるとき。感謝は、勝手に、静かに、湧いてくるもの。私は、感謝できない人間だったわけじゃない。人から本当の優しさや愛情を受けたとき。思いが、きちんと報われたとき。心の底から、「ありがとう」と思える瞬間は、ちゃんとあった。ただ、自分の本音を置き去りにしたまま、「感謝しなきゃ」と言い聞かせていただけだった。「私は
0
カバー画像

もう、背負わなくていいよ🪽🌿

「我慢」と「自己犠牲」を手放すための心理整理施術「私がなんとかしなきゃ」という使命感「ちゃんとしてないと嫌われる」という思い込み「私が我慢すれば丸く収まる」という自己犠牲「幸せになったら誰かに悪い」という罪悪感全部、全部、全部、全部、もう手放していいよ。言い方が違うな。手放さないと、いけないのよ。あなたが軽くなることで、まわりも整っていくからね。
0
5 件中 1 - 5