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「さまざまな違いを乗り越えて目標達成するための実践」日本大学法学部経営法学科校友枠選抜2024年

(1)問題次の文章は「ONETEAM(ワンチーム)」という言葉について言及したものである。文章を読み、問1および問2に答えなさい。 ① 「日本人」観の根本的な転換という衝撃を、私たちはいま受けていますが、同様にあるスポーツを知り、「日本代表」をめぐる「常識」も見事に覆されてしまいました。二〇一九年、日本で開催されたラグビーワールドカップは、私たちに多くの衝撃を与えてくれました。私は、試合が始まって終わるまで、一瞬たりとも気を抜かずに、ボールの行方を追っていました。ラグビーのルールもほとんど知らなかったし、当時マスコミで言われていたように、私も「にわかファン」の一人でしたが、試合を見続けることで、ラグビーのルールもわかり、ラグビーというスポーツがもつ「奥深さ」が、私の心を捕えました。② 鍛え上げた重量級の肉体が激しく真正面からぶつかりあいながらも、ボールは常に後方に送る姿、激しいぶつかり合いだけでなく、軽量の選手が俊敏に相手のタックルをかわし、ボールをもって駆け抜ける姿、遠く離れた角度のある場所からポールの間にボールをキックする正確な技術等々。実際の試合も面白かったですが、私は日本代表の選手たちの多様さに驚きました。③ 他の団体競技と同様、ラグビーもワールドカップは国別対抗ですが、日本代表メンバーの半分くらいは外国籍の選手でした。日本代表チームであれば、メンバーはすべて日本人であり、日本国籍だという「常識」が、見事に覆されました。いくつかの条件をクリアすれば、外国籍の選手も日本代表メンバーになれるということでした。日本が好きだから、自分の力を最大限発揮できる場所だから、日本のラグ
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「余暇と労働」学習院女子大学国際文化交流学部学校推薦

(1)問題次の文章を読み、課題一。課題二に答えなさい。 ① 余暇とは、いったい何でしょうか。私自身の考えをのべる前に、その昔、中世のスコラ学者が授業をするときにやっていた方法にならって、まず一つの反対論を登場させてみましょう。② 「いま、われわれは家を建てている最中だ。その仕事で手一杯だから、余暇についてまでは、とにかくそれに全力をかたむけることが必要なのではないのか」③ これは手ごわい反対論です。しかし、こまかい議論は後回しにして話している暇はない。家ができあがる、さしあたりこう答えたいと思います。④ 「文化を打ちたてるということは、ただ最低生活を維持し、ぎりぎり必要なものをみたすということだけではなく、精神的な資産を建てなおすということも意味しているとしたら――もしそうであるとしたら、まさのその新たな出発、基礎工事をはじめるにあたって、余暇の意味をはっきりさせておくことこそが必要なのです。⑤ なぜかといえば、余暇は西洋文化を支えている基礎の一つにほかならないからです。余暇を文化の基礎として考えることを意外に感じる人もあるかもしれません。しかし、これは西洋哲学の古典中の古典であるアリストテレスの『形而上学』ですでにいわれていることなのです。⑥ また「余暇」(ドイツ語ではMuBe)という語源をさぐってみると、余暇と文化のつながりをはっきりと見てとれます。余暇はギリシア語ではスコレー、ラテン語ではスコーラ、ドイツ語ではシューレ(学校)となります。つまりドイツ人が教養、あるいは人格形成の場をさすのに用いている言葉自体が、余暇を意味しているのです。シユーレとは、知識をつめこんでばかり
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「生活の思想としてのデザイン」宮城大学事業構想学部後期2015年

(1)問題 次の文章を読み、設問に答えなさい。 ① デザインとはスタイリングではない。ものの形を計画的意識的に作る行為は確かにデザインだが、それだけではない。(イ)デザインとは生み出すだけの思想ではなく、ものを介して暮らしや環境の本質を考える生活の思想でもある。したがって、作ると同様に、気付くということのなかにもデザインの本意がある。 ② 僕らの身の周りにあるものはすべてデザインされている。コップも、蛍光灯も,ボールペンも、携帯電話も,床材のユニットも,シャワーヘッドの穴の配列も,インスタントラーメンの麺の縮れ具合も、計画されて作られているという意味ではすべてがデザインされていると言っていい。人間が生きて環境をなす。(ロ)そこに織り込まれた膨大な知恵の堆積のひとつひとつに覚醒していくプロセスにデザインの醍醐味がある。普段は意識されない環境のなかに、それを意識する糸口が見つかっただけで、世界は新鮮に見えてくる。 ③ (ハ)人間は、世界を四角くデザインしてきた。有機的な大地を四角く区画し、四角い街路を設けて、そこに四角いビルを無数に建ててきた。四角い自動ドアからビルに入り,四角いエレベーターに乗って昇降する。四角い廊下を直角に曲がって,四角いドアをあけると四角い部屋が現れる。そこには四角い家具,四角い窓が配されている。 ④ テーブルもキャビネットもテレビも,それを操作するリモコンも四角い。四角いデスクの上で四角いパソコンの四角いキーを打ち,四角い便箋に文字を出力する。その便箋を入れる封筒も四角く、そこに貼る切手も四角い。そこに押される消印は時に丸いけれども。 ⑤ なぜ人類
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「著作権の「法律ルール」に関する議論」上智大学法学部法律学科推薦入試2009年

(1)問題 ① 様々な法律について,「この法律は改正すべきだ」「いや,今のままでいい」といった議論が行われているが,ほとんどの法律についてはこのように,「良い」という意見と「良くない」という意見の対立が見られる。ところが著作権法の場合は,関係者全員が「良くない」と言うのが「普通の状態」――と言っても過言ではないのである。なぜそうなるのかと言うと,人びとの「欲求」(もっとはっきり言えば「欲望」)に限りがないからだ。利用者側は,著作権法を廃止して「何でもコピー自由」とするまで完全には満足しない。逆に権利者側は,権利が強まって印税が三倍になれば四倍,四倍になれば八倍ほしいと思いがちだ。つまり,「欲求と欲求のぶつかり合い」が常に存在しているのである。 ② また,この「欲求」は,単に「金がほしい」ということだけではない。「社会全体や他人のために尽くしたい」という善意のものも当然含まれている(いわゆるボランティア精神も,「欲求」のひとつだ)。特に,コンテンツの創作・利用については,権利者側も利用者側も,それぞれ大なり小なり社会全体の文化・産業・教育などに貢献している。このため権利者・利用者の双方が,「自分はこんなに社会に貢献しているのだから,著作権についてもっと優遇されてしかるべきだ」と常に思っている。その「優遇」が,権利者側にとっては「コピーされないこと」であり,利用者側にとっては「コピーできること」なのである。③ 日本国憲法のもとではすべての人びとに「思想・信条・良心の自由」や「幸福追求権」が保障されているので,自分の思想や利害に基づいて自らの欲求を追求することは悪ではない。問題
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「戦争の本質と国際連盟」青山学院大学文化政策学部2024年

(1)問題以下の文章を読み,設問に答えなさい。 ① 自然は人間に製作的知性を授けた。多くの動物種のためにそうしたように人間に機具を与える代わりに,人間が自分で機具を組み立てることのほうをところで,人間は少なくとも機具を利用する間は必然的にその所有権を持つ。だが機具は人間から切り離されるものである以上,人間から奪われうる。すっかり出来上がった機具を奪うことは,それらを作ることよりも簡単である。何よりも,機具は物質に対して働きかけねばならず,例えば狩猟や漁労の武器として役立たねばならない。彼の属する集団がある森,湖,川に目をつけて狙うとして他の集団でも,他所を探すよりもこの場所に移住するほうが好都合と判断することがありえよう。他の集団でも,他所で争わねばならなくなる。われわれは狩猟場たる森と漁場たる湖について耕作すべき土地,略奪すべき婦女,連行すべき奴隷に関しても同じことがまた同様に,行ったことを正当化する理由も多岐にわたるだろうが何であれ,また,奪う動機が何であれ,それは重要ではない。戦争の起源は, 個人的なものであれ集団的なものであれ所有権であり,人類はその構造により所有権を持たざるをえないよう予め定められているので,戦争は自然的である。戦争本能は非常に強いので,自然を再び見つけるために文明の層をがりがりと引っ掻くと最初に現れてくるのが戦争本能だ。幼い男の子たちがどれほど取っ組み合いが好きかはよく知られている。彼らは殴られもしようが,自ら殴りつけることで知ら満足もしている。子供の遊びは一人前になった人間に課せられる労役を考慮して自然が子供を招待する予行練習であると言われている
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