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何も起きないことが一番神様に守られている

最近、神様から「貰う」ことに執心しすぎている人が増えてきたように思います。 そういった方々ほど、「特別な奇跡」を求めているようにも。 例えば、大事故に巻き込まれて傷一つなかったとか、大病を患って余命宣告をうけてもそれ以上に生きながらえたり緩解したりなど・・・勿論、そこにも御神徳が働いているのかもしれませんが、私たちが心を向けていないだけで、もっと日常に神様の御神徳はあふれているように思うし、私たちは私たちの思っている以上に守られているという事実にもっと心を向けなければいけないのかもしれません。 例えば、事故遭って怪我をしなかった事も奇跡ですが、そもそも事故に遭ったことそのものは災いなんですよね。 災いから守られて、奇跡やご神徳を感じることがあっても、災いがないのは当たり前だから、その当たり前に奇跡を感じる人は少ないと思います。でも、当たり前と思っているのは人間だけで、もしかしたら今日交通事故で命を落とす運命だったのを、神様のお力で回避できて、事故そのものが起きなかった。 起きなかった事故だから本人は知る由もない、知る由もないので「何もない当たり前の一日」と感じる訳です。 そして、その当たり前の一日には奇跡も感じず、神様のお力も感じないので感謝も抱かない。 でも、考え様によっては「何もない」のが「一番守られている」状態だと私は思うのです。神様からアレもコレも貰おうとする事、特別な奇跡を期待することが悪い事とは思いませんが、日常の中で知らず知らず私たちが賜っている「日常的な奇跡」に感謝するのも、とても大切な事ではないかなと思うのです。特別な時に特別なお参りをしたり、特別な祈りを捧げ
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税金払いたくないが消えた日

以前、お金に困っていたとき、税金を払うことがとても苦痛でした。こんなに高いのか?しかも年々上がっていく。正直、納得できない気持ちも強くありました。できるだけ先延ばしにして、滞納して、差し押さえギリギリまで引き伸ばしていたこともあります。それくらい、税金に対してはネガティブな感情を持っていました。そんなある日のことです。子どもが急に熱を出しました。かなり焦る状況で、すぐに病院へ連れていきました。そのとき、ちょうど妻が転職したばかりで、保険が一時的に切れている状態でした。診察を待ちながら、頭の中ではこう考えていました。もし全部実費だったらどうしよう。今の状況ではとても払えない。不安を抱えながら、診察を受けました。そして会計のときに、保険証がまだないことを伝えると、では、できてからまた見せに来てください。そう言われた瞬間、ホッとしたのと同時に、ある感覚が浮かびました。保険証ってありがたいな。それまで、保険料という形で支払っているお金を、ただ高いものとして見ていました。払いたくないもの。できれば減らしたいもの。そう思っていたのに、その出来事をきっかけに、見え方が変わりました。ああ、自分は守られていたんだなと。いざというときに支えられている仕組みがあったんだと、初めて実感しました。もちろん、税金が安くなるなら嬉しい気持ちは変わりません。ですが、ただ奪われているだけではないという感覚が生まれたことで、抵抗感は大きく減りました。同じものでも、見方が変わるだけで、受け取り方はまったく変わります。お金に対しての感情も同じです。ただ出ていくものと見るのか。循環の一部として見るのか。その違いが、気持
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異常なしの診断がくれた安心と、心を照らす小さな太陽

先日、月に一度の眼科検診に行ってきました。実はわたし、指定難病を抱えていて、その影響で目にも疾患があります。だから「また再発かな」と思うような感覚があると、どうしても心がざわざわしてしまうんです。しかも来週からは家族が入院することになっていて、頭の片隅では「もし自分まで入院になったら、家のことはどうなるの…?3ミリ(愛犬)はどうなるの…?」と不安がぐるぐる。病院に向かう足取りは、正直どんより重かったです。結果はまさかの「太陽」でも、検査を終えてみれば、視力も眼圧も血圧もすべて正常。炎症もなくて、先生から「次回は12月で大丈夫ですよ」と言われたとき、思わず心の中で拍手喝采していました。タロットで言えば、診察前の私は「塔」。崩れるんじゃないかと怯えていたけれど、診察室を出る頃には「太陽」に変わっていました。あぁ、守られているなぁ…と心の底から感じた瞬間でした。🐾ここで少し3ミリの自己紹介実は「3ミリ」には裏話があります。本名はちゃんとあるのですが、トリミングのときに毎回「バリカン3ミリでお願いします」と言い続けた結果、いつのまにか愛称が「3ミリ」に(笑)。もうすぐ13歳になるシニア犬のチワプーで、小柄なのに布団の真ん中を陣取るのが得意技。家の中では誰よりも穏やかに癒やしの雰囲気全開なので自然と「3ミリ院長」と呼ばれるようになりました。診察も処方もできませんが、存在感とおやつの催促にかけてはピカイチです。院長、3ミリの存在そんな3ミリ院長のことを思うと、もし自分まで入院になったらどうするの!?と心配は尽きません。でも頭の中に浮かんでくるのは、布団の上で胸を張って座る「3ミリ院長」。「
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見えないけれど、確かに守られている

神社で感じた“門番”の存在 北野天満宮と 上賀茂神社へ行ってきました。 神社に足を踏み入れた瞬間、 空気がすっと変わるあの感覚。 何度訪れても、 心が整っていくような、 不思議でやさしい時間が流れます。 その中で、今日はふと 狛犬に目がとまりました。 普段は何気なく通り過ぎてしまうこともある存在。 でも今日は、なぜか気になって 少し立ち止まって見てみたんです。 じっと見ていると、 ただそこに置かれているのではなく、 しっかりとその場を守っている存在 そんな感覚が伝わってきました。 狛犬は“門番”と言われています。 外からの不要なものが入らないように、 そして大切な場所を守るために 静かにそこにいる存在。 その姿を見ていると、 言葉はなくても 「ここは大丈夫ですよ」 「守られていますよ」 そんなメッセージを受け取ったような気がしました。 私たちは普段、 目に見えるものだけで 安心しようとしてしまいます。 でも本当は、 見えないところでも ちゃんと守られているのかもしれません。 神社に行くと感じる安心感。 それは場所の力だけでなく、 こうした存在たちが 静かに見守ってくれているからなのかもしれませんね。 日々の中で不安になることがあっても、 ふと立ち止まって 深呼吸をしてみると、 「大丈夫」 と支えてくれているものに 気づけることがあります。 今日感じたこの優しさを、 また日常の中でも大切にしていきたいなと思いました。 このブログを読んでくださったあなたも、 きっとどこかで守られています。 安心して、 あなたのペースで進んでいきましょう
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ひとりに見えても、ひとりじゃない

夜、ふと胸がざわつくとき。誰にも言えない悩みを抱えてしまったとき。“私ってひとりなんじゃないか…”そんな気持ちになる瞬間ってありますよね。でもね・・・私たちはひとりで生きているように見えて、本当はひとりになんてなれない存在なんです。なぜかというと・・・目には見えないけれど、いつもあなたの周りには「応援してくれている存在」が寄り添っているから。ご先祖さま、守護の神さま、魂の仲間、今は離れている家族、幼い頃に別れた存在、そして、未来であなたと出会う人たち。そのすべてが、今のあなたの人生をそっと見守っています。「人は見えない存在に助けられて生きている」と聞いたことがあります。孤独を感じるのは悪いことじゃないの。むしろ、それは“心が静かさを求めているサイン”。静かな時間の中で、見えない世界のあたたかさに気づくための大切なひとときでもあるんです。もし今、誰にも頼れないと感じていたとしても、誰かに理解されないと感じていたとしても、どうか忘れないでください。あなたは、ひとりじゃない。そして、ひとりで頑張らなくていい。泣きたいときは、泣いていい。立ち止まりたいときは、立ち止まっていい。あなたの歩く速さは、あなたの魂が決めていいんです。今日、胸の奥がキュッとしたら、そっと心に手を当ててみてください。「私は守られている」そう呟くだけで、見えない世界からのあたたかい光がふわっと、あなたの中に戻ってきますよ🌙✨最後までお読みくださりありがとうございます😊
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№151 - 2025/6/6 思考の現実化?-2

車はもとに戻りました単にバッテリー不良による、システムエラーだったようですこんなことはよくあるようで、ただ、ありがたかったのは1.休みの日に起きたこと2.連絡をしたJAFの方が、新しいバッテリーと交換してくれたため 時短になったこと3.安価だったこと4.JAFの方から色々な話を聞けたこと、情報をいただけたこと初めは突然エラーがでて、ビックリして、落ち込んだり怒りもわいてきましたが終わってみればいいことだらけでしたわたしは安全で守られていると感じました最後まで読んでいただき、ありがとうございます(*^-^*)
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大丈夫の魔法

火曜日のお昼にこんにちは!!自分に鞭打っていませんか??全然大丈夫じゃないのに大丈夫だって思ったりして…。震えるくらい自分が辛い時、誰も頼れないと思う時、とても辛いですよね。逃げたいけど逃げられない。分かっているけどどうしようも無くて、もっとちゃんとしなきゃって思うし、みんな頑張っているってさらに追い詰めてしまったり。みんな頑張っていると思うならば、きっと貴方も私も頑張っているのだと思います。出来ることは少ないかも知れません。でも今日も今生きています。本当に誰とも会話しない日が続いたりすると、人間誰しも落ち込んでしまいます。傲慢になりたくない。謙虚で居なくてはならない。それが余計に呪いのようになって追い詰めていたりするのかも知れません。そもそも傲慢な人は、傲慢になってはならないという観念に怯えることはないのではないかと想像もしてみたり…。もしかするともう少しワガママなくらいで、貴方様は良いのではないでしょうか?心の中で大丈夫と唱えてみる。誰にも聞こえません。思い切り助けてと叫んでみる。自分の中でならいくらでも叫ぶことが出来ます。どうして辛いのかまで今は分からなくて大丈夫。とにかく助けて欲しい、苦しいよと自分を認めてみませんか?そして大丈夫が聞こえてきたら、ふと何かが楽になる。その時だけでもです。その後は慌てる事なく、今出来る事だけやってみましょう。もちろん休養もその一つですし、外出する事、家事をやること、ネットを見る事、何でも構わない。波を越えたら先ずは好きなことをやってみましょう。今具体的に辛さの原因に取り組めるならばそれは素晴らしい事です。原因が分かればもう繰り返すことが少
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