人生のどん底とは、振り返って初めて実感できるものかもしれません。
僕の場合、それは日常の中にひっそりと忍び寄り、気づけば完全に支配されていた「依存症」という影でした。
・日常に潜む依存:きっかけは些細なストレス
最初のきっかけは、本当に些細なことでした。仕事のストレスや人間関係の摩擦、家族とのすれ違い。
貧乏育ちで将来のお金に対する恐怖から、一日でも早くサラリーマン生活、人生のラットレースから脱却したい一心でオンラインで手軽に始められるギャンブルに手を出した。
最初は数千円のつもりだったが、損失が大きくなっていくほど数万円、数十万円で一発逆転で勝つという思考に変化し、気づけば消費者金融でMax借り入れ、クレジットカード上限額いっぱいまで使い倒していた。普通の人ではない、普通の思考ではない、そんな状態にまで陥っていました。
依存はゆっくりと、しかし確実に生活を蝕んでいきました。自分でも「これはまずい」と思いながら、やめることができない。意志の弱さを責めながら、自己嫌悪を重ねる日々が続きました。
・依存がもたらした社会的・精神的な崩壊
やがて僕は全財産を失い、心療内科に行っても「依存症」とはっきり言われることが怖くて、診断を避けていました。ただ、ネット検索では「依存症の症状」に自分がすべて当てはまっていると知っていたのです。
この頃には、自己否定が日常となり、「自分なんか消えてしまったほうがいい」と本気で思うようになっていました。しかし不思議なことに、消える勇気もありませんでした。
だからこそ、ただ時間を無為に消費し、空っぽの自分をごまかすように毎日を生きていました。
・周囲の無理解と孤独感
周囲の反応は厳しいものでした。「甘えている」「やる気がない」「自業自得」。その言葉の数々が、僕の心に追い打ちをかけました。依存症という病が、単なる怠けや弱さと誤解されやすいことも痛感しました。
誰にも本音を話せず、どこにも居場所がなく、自分で自分を見失っていく感覚。まさに人生の底でした。
それでも僕は「このまま終わりたくない」と、心のどこかで必死に願っていたのだと思います。