「老人問題」という言葉に隠されたもの

記事
コラム
「利益や効率だけで物事の、そして人間の価値を測ろうとする社会が、『老い』を『老人問題』というように『問題』にしてしまっている。

ネットでこんな一文を見つけた。

若い人に比べ利益を上げず医療費などお金ばかりかかり、身体も弱り効率的に活動できない老いた人は問題となる。「老い」はそれだけで問題で、「老人問題」と呼ばれている。

でもここでちょっと考えたい。
その前提に何があるのか?

利益や効率が絶対、という思い込みがあるのではないか?
「利益や効率だけで物事の、そして人間の価値を測ろうとする社会」が考える前提にある。

「利益」や「効率」という言葉が個人や社会の価値基準を測る唯一の材料になっている。より多くの利益を上げる個人が高い価値を持つとされ、無駄のない効率の高い社会が高価値とされている。だから、利益創出が低く生産効率の低い老人は「問題」となる。

もちろんこれを間違いというつもりはない。

でも、高利益・高効率という前提が変われば「老人」は問題視されない。
逆に老人が増えたことで良いことはないだろうか?
すぐに思いつかないがきっとある。

成長の後に成熟という段階があるように、成熟社会もきっと必要とされる。

他にもそんな「〇〇問題」はないだろうか?
「少子化」「過疎化」「貧困」

「○○問題」という言葉を見つけたら、その前提に何があるか?当たり前と思っていた「利益」や「効率」という言葉を疑ってみる。そんなことも考えてみたい。そうすれば言葉の影に隠れた宝物が見つかるかもしれない。

「少子化」のどこが悪いのか?
他の生き物は、出生数を減らすことで種の保全を行っている。
「過疎化」のどこが悪いのか?
悪いと言いながら、都会に住む人間は田舎に憧れる。
「貧困」のどこが悪いのか?
日々の生活の苦しみを想像力を掻き立て補完して、他人との共生を模索する。

もちろん、これは屁理屈だ。
でも「そんなの当たり前」と言っている人は、明確な答えを持っているのだろうか?「老人」「少子化」「過疎化」「貧困」の何がどう問題なのか、きちんと整理したい。

今ある問題を解決していこうという姿勢も大切だと思う。
でも、問題の影に隠れていた価値観に気づいて、新たな宝物を発見するのも大切だ。「利益」や「効率」だけが価値のあるものではない。


「◯◯問題」「◯◯問題」と、顰めっ面な顔ばかりしない。
もっと柔らかな発想を取り戻したい。
そうすれば新たな解決方法が見つかるかもしれない。



サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら