読ませない資料と読む資料

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ビジネス・マーケティング
テレビの歌番組を見てふと気づいたことがある。
歌を聞きながら、私は画面の下に流れる歌詞を目で追っている。
歌だけじゃない。
ニュースを見ても、アナウンサーが話すニュース原稿が文字で流れている。

いつからこんな形になったんだろうか?
アナウンサーの言葉も不明瞭になった気がする。文字無しでは理解しがたくなった。
流れる文字はとても早く、歳とともに目で追うことがきつくなる。
画面はテロップだらけで情報は目からしか入らない。

SNSで文字を読む(見る)ことに慣れた分だけ、人の肉声を聞かなくなった。
仕事の連絡も、電話より手軽なメールが多い。
受け取る相手の事情を考慮すれば確かに便利だが、いつしか相手の声質も忘れた。いや、忘れてたというよりも興味が薄れてきた。
そして、勝手に相手の声と顔とご機嫌を想像する。

改めて、「ラジオの時間」を楽しみたくなった。

同じようなことが仕事の現場でも起こっている。

人と会って話をするとき、同じ状態が目に浮かぶ。
今、お客さんの目の前にいる私がテレビの画面です。
お客さんは差し出した資料を目で追っていました。
テレビと違うのは、その場で私が話す言葉と書いてあることがまったく同じではないことです。

読みたくなる内容が資料に書いてあると、その場で読み始めます。
読めば私の生の言葉はうわの空になります。

でも今ここで必要なのは、話を聞いてもらうことです。
資料はあくまでその補完の役割です。

ならば、話を聞いてもらうとき専用の「読ませない資料」と、あとで読んでいただく「読む資料」を明確に分けなければいけない。

そんなことを連想しました。

「読む資料」には、読みたくなる魅力をいっぱい詰め込みます。
でも、会っているときの資料は、「読まない」「読ませない」資料です。
話を聞いていただくことが目的ですから。

目的がはっきりすれば、資料のつくり方も変わります。
なんとなくやっているパワーポイントでのプレゼンも、「読む資料」につなげることでさらに効果が上がるのではないでしょうか。


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