信念が変わる時、それは奥底に隠れた恐れを見つけた時
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ariosuヒーリングセンターのありおすです。
前回の続きです。
私はずっと、
「必要な人は、必ず見つけてくれるはず」
って思って活動してきました。
もともと自分からアプローチするのは苦手。
そのせいか、無理に自分を出さなくても、
本当に必要な人には届く。
そう信じてきたし、
それは今でもそう思っています。
でも、
その裏側にもうひとつの思いがずっと
隠れていたことを思い出したんです。
露出するのが、怖い。
この二つ、実は矛盾してるんですよね。
「見つけてくれればいい」って言いながら、
同時に
「見つかりたくない」も持ってる。
ここに気づいた時、
最初は「じゃあどっちが本音なの?」って、
頭で整理しようとしたんだけど、
そういう事じゃない事にきづきました。
だって、両方とも
私の中にある本音、なんですよね。
だから、
それを無理に統一しよう
としなくていい。
そのふたつを両方とも
「うん、あるね」って認めて
これって表裏なんだなって理解した瞬間、
ひとつの言葉が降りてきました。
「見られることは、消えることではなく、灯ること。」
読んだ瞬間、頭で理解するより先に体が反応していました。
鳥肌が立って、
意味もわからないまま涙があふれていた。
だから、もし今これを読んでいる人が、
同じような「動けない」「怖い」
という感覚を抱えているとしたら、
自分の中にある矛盾したふたつの思いを、
両方とも隠さずに見ることだと思います。
(深い部分は、怖れに基づいている事が
多いからそこを勇気をもってみるといいかも・・・
例えば、怒りの奥底には悲しみがあるというような。)
それができた時、
言葉は向こうからくるかもしれない・・・し
何かのきっかけで飛び込んでくるかもしれない。
鳥肌と涙のあと、
ある映像が自然に浮かんできました。
ひとつは、遠い昔、
火あぶりにされた記憶。
人前で何かを語ったことが理由で裁かれた記憶。
もうひとつは、
別の時代に巫女として国王に仕えていた記憶。
国にとって都合の悪い真実がでてきたので
それを正直に告げたら酷い目に遭わされた記憶。
これが文字通りの過去世なのか、
それとも私の奥深くにある恐れが、
物語という形を借りて出てきたものなのか。
それは正直、私にもわからない。
でも、大事なのはそこじゃなくて、
どちらの記憶にも、
同じひとつのパターンが流れていたということ。
「本当のことを見せる、告げる → 危険にさらされる」
このパターンが、
私の「見られると怖い」の
根っこに根を張っていたようです。
一度じゃなく、
何度も繰り返し刻まれてきたものだったから、
今のブレーキがあんなに強かったことにも、
ちゃんと納得がいく。
「必要な人だけが見つけてくれればいい」
これは自分を守るお守りだったと今ならわかる。
その日、暫く頭も体もずっとぼーっとしていました。
強い感覚が体を通り抜けたあとの、
燃えたあとの余熱みたいな感じ。
無理に結論を出したり、
すぐ行動に移そうとしないで
その余熱を味わっていた。
余熱は、
時間をかけて自分のペースで
消化されていくものだから、
ただ、そのままで在ること。
もし同じように、
「必要な人は見つけてくれるはず」
と思いながらも現状に思っていたのとは違う
という思いがあるのなら、
もしかしたら、
私と同じようにその奥底には
「見られるのが怖い」が
あるのかもしれない。
恐れは奥底に隠れているから
きっかけがないと気づけない。
私の体験が、だれかの
気づきのきっかけになれたら嬉しいです。